Sunday, April 20, 2008

無事到着

4月16日、成田空港を出発し、シカゴ・オヘア空港に無事に着きました。2008年になってからは特に、一時帰国で4ヶ月アメリカに戻る準備で大忙し。病気とつきあいながら生活している私には、かなりいろいろ大変でしたが、イエス様にすべて守られて、いろんな準備もだいたい終えて(100%完全じゃなかったけど)、無事に日本を出発できたのは、本当に、神様の憐れみと守り、また多くのとりなしの祈りと助けの故でした。どうもありがとうございました。

前回、去年の秋に戻った時は、Kevinの実家の地下室は、私達が住めるように、ベッドルーム、リビングルーム、キッチンができていましたが、トイレ、シャワーは上(1階)のものを使っていました。でも今回は長期の滞在だし、お父さんがず〜っとがんばってくれて、トイレとシャワーも地下で使えるようになっていました。洗濯の乾燥機はまだですが、洗濯機は地下で使えるので、いろんな面でとても便利になりました。いちいち、ひろ〜いアメリカの家を動き回らず、地下でいろんな仕事ができることは、私にとっては体力的にもかなり楽!いろんな大変なことがたくさんあったのに、それでも、私達の為にいろんなことを備え、待っていてくれたKevinのお父さん、お母さんに、そしてそのような思いを与え、実現に導いてくださった神様の愛に、感謝の思いいっぱいでアメリカでの生活を始めました。

水曜の夕方ここに着き、今日は土曜日。かなり荷物も片付けて、居心地よくなってきました。今週、来週の初めくらいはゆっくり過ごして、霊肉共によく休み、来週の後半からはいよいよ教会訪問や、その他の予定が始まります。先のこと、忙しいスケジュールのことなどを思いめぐらしていると、だんだん「思い煩い」になり、心配、不安になっていくので、イエス様と共に、今のこと、次にしなければならないことにだけ目をとめて、あとはゆだねることを教えられています。

「恐れるな。わたしがあなたと共にいる」というみことばは、本当に深く豊かな主の愛と力を示してくれます。親になってみてつくづく思ったことは、子供が恐れている姿を見ることほど辛いことがない、ということでした。神様もきっと同じなんでしょうね。だから聖書の中には、「恐れるな。わたしがあなたと共にいて、あなたを守る。あなたを助ける。戦うのはわたしだ。あなたはわたしのそばにいれば、それでよい。」というみことばがた〜くさんあるんだろうな、と思います。こんなにも私を、私達を愛し、大切にし、そして必ず助け、守る力のある神様を、「お父さん」と呼ぶことのできる恵み、いつでも神様のところに行って、ひざの上に、御腕の中に抱きしめられて安心できる場所を与えていただける幸せを感謝し、アメリカでの4ヶ月も、主と共に、楽しみ、喜び、静かな平安の中で過ごしていきたいです。日本の家族、教会、友人達の為にも、ますます心をこめて祈っていきたいです。

Tuesday, April 15, 2008

あれ?

いよいよ明日から一時帰国でアメリカへ!教会の方は、まぁなんとかめどがついてきたし、13日の礼拝も無事に終わったので、昨日、今日は自分達の準備の大詰め。洗濯、掃除、片付け、荷造り…などなど、大忙しです。(でも、「働きづめ」ではなく、ちゃんちゃんと休憩とって、ソファーに寝て休みながらやってます。今もしっかり休憩中で、気分転換をかねてブログアップしてます。)

でも感謝なことに、教会の方々が、昨日も今日も、夕食のおかずを作って持ってきてくださいました。感謝〜!

で、この1週間ほど、家族の会話の中でも、自分の頭の中でも連発しているのが、「あれ?」という言葉。

「この前は、何着ていったんだっけ…。あれ?忘れちゃった。」

「あれ?ここに何取りに来たんだっけ?」

「何かしようと思ってたんだけど…。何か詰めようと思っていたんだけど…。あれ?なんだっけな。覚えてない…。」

「あれ?」の連発に、自分でも、驚きを通り越して笑っちゃうほど。(…って、笑い事じゃないかもしれませんが。)でもそれだけ毎回必死、無我夢中で準備してるんですよね。どんな時にも頼ってすがれるイエス様を知り、イエス様の心配は、私にとって現実の力となることを確信して祈れること、また、たくさんの方々に祈られている幸いをかみしめながら、4ヶ月の一時帰国に出かけたいと思います。皆さん、いつもお祈りありがとうございます。引き続きお祈りくださいね〜♪私達もお祈りしてます。

ちなみに、Jは来週の火曜日からアメリカのクリスチャンスクールで5年生。Kevinは、継続中の神学校での学びに戻り、勉強しながら、あちこち旅行したり、教会訪問のご奉仕です。私は、今回はインディアナ州の運転免許を取らなければならず…。みんな、勉強しなきゃ!

Thursday, April 10, 2008

いちご

私はなぜか、いちごの絵やモチーフが大好きです。Kevinのお母さんは、ゼラニウムの絵やモチーフが大好きで、私はいちごの絵やモチーフが大好きなので、お互いに、何かプレゼントする時は、「ゼラニウム」「いちご」はいいヒントになってくれます。(ちなみにうちの母は、かわいい動物が大好き。注意していないと…と言うか、母の好きそうなものは「あげないよ」と念を押してからでないと見せられません。あっと言う間に母の手の中におさまってしまうので…。まぁ、いいんだけど。)

なぜ「いちご」が大好きなのか、あまり良く考えたことがなかったのですが、この前、その理由を発見しました!

来週水曜日4/16から、8月半ばまで、宣教師の一時帰国でアメリカに戻ります。それでJが自主的に、ちょこちょこと、自分の部屋の片付けや整理整頓をしています。そしてこの前、「ママ、本棚を整理したんだよ、見て。」と言うので、見せてもらいました(…と言っても、そんな大きな本棚じゃないのですが)。

英語の絵本、日本語の絵本、まんが(主にドラえもん)、学校の宿題に読んだ本、などなど、自分でいろいろ考えて仕分けし、整理したようでした。ほぉ〜、すばらしいねぇ…これはKevinの血筋だな!と感心していた私。ふと、絵本のところに目が行くと、大好きな「いちごばたけのちいさなおばあさん」を見つけました。

この絵本は、私が幼稚園の時、毎月幼稚園を通して買ってもらった本の1つで、幼稚園でもらってきた時は、ペーパーカバーでした。早速母と一緒に読んで、私も母も、大好きになった絵本の一つでした。

内容は…
畑の土の中に、ちいさなおばあさんが住んでいました。そのおばあさんは、お日様の光をたっぷり吸い込んで、木の根っこからぽたぽた落ちる水を水瓶にためておいて、それでも足りない時は地下水を運んで、それにさらに地下でほったみどりの石を砕いて、粉にして、それを水瓶の水にまぜていちごを赤く塗る絵の具?を作ります。そして春にいちごの実がなる度に、大きくなったいちごを、一つ一つ赤く染めるお仕事をします。

ある年、おばあさんの予定より早く、いちごがなってしまいました。おばあさんは慌てて、大急ぎで石を運び、絵の具を作って、一生懸命いちごを赤く塗りました。

やっと大仕事が終わって、疲れ果てて、でも、満足して眠りについたおばあさん。翌朝目がさめてみると、なんと地上は雪が積もって、大事ないちごはみ〜んな、雪の中に埋まっていたのです!

雪に埋もれてしまったいちごを前に、さめざめと泣くおばあさん…。でも、すぐにあちらこちらから、森の仲間達がやってきて、雪の中においしそうなまっかないちごを見つけて大喜び!嬉しそうに食べ始めました。

その様子を見ていたおばあさん、土の中の自分の家にもどって行き、「ちっともだいなしじゃなかったよ。やれやれ。でもなんてくたびれたんだろうねぇ。あたしは。」と、まっかないちごをひとつ抱えて、森の仲間達の嬉しそうな声を聞きながら、うとうと眠ってしまいました。
…というお話です。

その絵もお話も、初めて読んだ時から、母と二人大感激!何度も何度も読んでぼろぼろになり、しばらく忘れていましたが、かなり大きくなってから、本屋さんで「ハードカバー」になって売られているのを見つけ、ちょうど母と買い物をしていた時だったので、もちろん買って、また二人でなつかしく読んだのでした。

さらに時が流れ、自分がお母さんになって、「はけたよ、はけたよ」とか、いろんな本をJに読んであげましたが、やっぱり真っ先に買ったのが、この「いちごばたけのちいさなおばあさん」でした。でもJは、私ほど感激したり、思い入れがなく、別の絵本の方が興味いっぱいだったので(男の子だしねぇ…)、あんまり何回もは読みませんでした。

でもこの前、久しぶりにこの絵本を見た時、「あ、この本のおかげで、私、今こんなにいちごの絵やいちごのモチーフが好きなんだ!」と、初めて気が付いたのです。小さい頃、母と一緒に読んだというなつかしさ、思い出、絵のすてきなこと、そして、今読み返してみると、神様の愛のメッセージも感じられて、ますます感激、嬉しくなりました。まだ読んでいない方、ぜひ読んでみてくださいね。

Wednesday, April 2, 2008

奏楽者研修の恵み♪

4/16から、宣教師の一時帰国で、アメリカに戻ることになっています。今回は4ヶ月なので、前回9ヶ月の時に比べれば半分以下ですが、いろいろと、教会を留守にする為の準備は山盛りいっぱい!加えて、自分達の一時引っ越しの準備、Jの学校、Kevinの神学校での学び、アメリカでの教会訪問のスケジュール、などなど、「宣教師一時帰国」の準備は大変です〜。

その大変な準備の中ですが、私にとって、心のオアシス?になっていることがあります。それは、1月から月1回くらいのペースで始めた「奏楽者研修」。参加者(5名の姉妹達)が、結構喜んで、楽しく参加してくださって感謝なのですが、それ以上に、私にとって大きな恵み、喜びとなっています。

TCCで教会音楽を学んで、賛美のご奉仕の為に献身したはずだった?私ですが、実際に今している奉仕の内容は、かなり「教会音楽専攻」で学んだものとは「ハタケ違い」のことばかり。宣教師に召されて以来、今思ってみると、それでかなり自分の中で落ち込み、ふてくされていた部分があったのです…。

だって…、
*ピアノは持ち歩けないから、旅行が続けば全然ピアノに触れない!

*他の用事が多すぎて、ピアノを弾く時間もエネルギーもなくなってしまう!

*アメリカからの引っ越しの準備で最初にしたのが、ピアノを売ることだった…(結婚してから、自分でお金をためて買った中古のピアノで、両親が買ってくれたヤマハのピアノは、今も実家で大事に管理してくれています)

…と、こんな状況で、宣教師になってみたら、音楽を手放さなければならないことばかりで、どんどんなまっていく指を実感し、奏楽はできたものの、ピアノ曲は弾けなくなるばかりだし、イエス様にも、たくさん犠牲を払ってピアノを習わせてくれた両親にも、先生達にも、なんだか申し訳ない思いでいっぱい、それに自分が情けない〜(涙)!と、落ち込むばかりでした。そして、自分の思い通りにならない状況に、わがままな私は、ふてくされていたんだなぁと、今にして思うのです。

…が、おととしの夏、いつものように、土曜日の夜に一人で奏楽の練習をしていた時、イエス様が後ろからふわっと抱きしめてくださったような気がしました。そして、「わたしはかおりのピアノが大好きなんだよ。これからも、わたしの為にピアノを弾いてくれるかい?」と優しく語りかけてくださる声を聞きました。

それを聞いたとたん、涙が滝のように流れました。「イエス様、ご存知の通り、もともとそんなにずば抜けて上手じゃないけど、今の私はもう、高校時代、TCC時代に弾いていたような曲は弾けません。指もかなり動かなくなりました。それでも、こんな私のピアノを好きだと言ってくださるのですか?喜んで聴いてくださると言うのですか?それなら私は、イエス様、あなたの為に、もっともっとピアノを弾きます。どうぞ私のピアノと音楽を、受け取ってください。あなたへの捧げものとして、もう一度おささげします!」と祈りました。そう祈らずにいられなかったのです。

バイオリンのレッスンを始められるようになったのは、その夏に続いた秋のことでした。もう一度、音楽を自分の思いでなく、イエス様への捧げものとしてお捧げした時、イエス様が、長年の夢だったバイオリンを習う道を開いてくださったのです。

と同時に、私の中でくすぶって、消えかかっていた音楽への思いが、イエス様によってさらに豊かに深くされて、よみがえってきました!そして、バイオリンを習うと同時に、自分で音楽を学び続ける思い、行動がどんどん出てきて、自分自身がどんどんリフレッシュし、新しく力を受け続けていることを感じました。そして、音楽の美しさに痛みをおぼえるほど、深く豊かな感動がどんどん大きくなっています。

そして、帰国の準備の一つ、という形ではありましたが、「奏楽者研修」を始めるに至ったのでした。

神様のしてくださることって、ほんとにムダがないと言うか、すべて益としてくださるんだなぁ〜としみじみ思ったことがあります。それは、自分では落ち込み、ふてくされていたと思っていた時に、奏楽の為に弾かざるを得なかったプレイズ・ワーシップソングを弾く為、それまであまり関わってこなかったし、あまり関わりたいとも思わなかった『コード』での弾き方が、ずいぶん自分の中で実になっていたのです。

すべてできあがった形で書かれている「楽譜通りに弾くこと」からいったん離れ、曲の雰囲気、自分の個性で、「コード」として書いてある和音をもとに、伴奏を作っていくこと。その為に、TCC時代に、さっぱりわからなくて大泣きして祈りながら学んだ「和声学」が、突然よみがえってきて、コードで表されている「和音」について、理解を助けてくれました。そして、私なりの奏楽が形作られてきました。

そうして、前にくらべるとかなり「自由に」?楽譜をもとに、でも楽譜通りに…という固定観念から離れることができてみたら、ちゃんと楽譜になっている讃美歌を、ちょっとだけですが、自分なりにアレンジして弾いてみる、ということもできるようになりました。これって、私にしてみたらすごい驚きなのです。

で、私のいろんな経験、奮闘を、奏楽奉仕を志して実際に奉仕してくださっている姉妹達と分かちあい、一緒に学び、レッスンしていく「奏楽者研修」がスタートしました。初めは、TCCで天田先生から教えていただいた、「奏楽」「奏楽者」についての考え方、心構えなどから始まって、讃美歌の奏楽の仕方、練習の仕方、会衆との呼吸の合わせ方、実際の伴奏のヒント、音階について、コードについて、和音の種類、構成などなど…、毎回少しずつ、実践を加えながら練習、レッスンを続けています。

今日は、Nちゃんの希望で、Mさんも一緒にうちに来て、二人がそれぞれに家で練習してきたワーシップソングの賛美を、レッスン(?)&一緒に練習しました。二人共、讃美歌はその通りに弾けるし、かなり音楽的な感性も豊かで、時々、「あ、これいいね!」と、私にも大いに刺激となる音を聴かせてくれます。ほんとに、お互いに良い学びができ、とても楽しい時間となりました。だから、最近超忙しい私にとっての『心のオアシス』なわけです。

私はもともと飾らないというか、飾れない性格なので、音楽的な「飾り方」もわからなくて、私の音楽はいつも、「飾らない」実にあっさりしたものになってしまいます。だから、「音楽をもって自分を表現する」なんて言うのは大の苦手!でも、あっさりしてるから、合わせやすい、と、歌や、他の楽器の伴奏には、好んで使ってもらったものでした。そして、奏楽も、自分で伴奏を作るワーシップソングの伴奏も、本当に小規模にあっさり、しみじみ〜っていう感じのものばかり。それなのに、「そんなかおりさんの奏楽が好き♪」と言って、一生懸命に私の弾き方をまねて、練習してくれるNちゃんや、「イエス様から力をいただいて!」と、奏楽にチャレンジしているMさんの信仰から、ほんとにたくさん恵みをいただきました。

これからも、宣教師として生きる限り、じっくり音楽と向き合う人生にはならないでしょうけれど、できるところで自分なりにレッスンを続け、音楽に感動し、その感動をイエス様に向けて賛美する者になりたいです。そんな私のピアノを、イエス様が「大好きだよ♪」と言ってくださるのですから。ピアノもバイオリンも歌も、楽しみながら、イエス様に向かって弾き、歌っていきましょう♪

Sunday, March 30, 2008

TVドラマ

去年の秋から、ず〜っと見てきた「ちりとてちん」。昨日でついに終了しました。最後、「お母ちゃん」になった若狭ちゃんが、赤ちゃんを抱っこしているシーンで終われば良かったのに…と、ちょっと思ってしまいましたが、でも、あんなに泣いた朝ドラは初めてでした。「毎日」というと、ちょっと大げさだけど、週に1−2回は、必ず涙、涙…。さすが、言葉の芸術、落語を題材にしたドラマだけあって、本当に「言葉」に励まされ、笑わされ、教えられ、感動し、涙したドラマでした。

徒然亭の草若師匠はもちろん、若狭ちゃんのお母さんの糸子さん、おばあちゃん、おじいちゃん、徒然亭一門、その周りの人達の言葉。もちろん、ドラマの中の架空の人物ではあるけれど、この人達の言葉を通して、イエス様がいろんなことを語り、気づかせてくださっているんだなぁと思うこともいっぱいありました。

親が子を思う心、子が親を思う心、師匠が弟子を思う心、弟子が師匠を思う心、その中での葛藤、衝突、誤解、迷い、不安、感動、感謝‥。そしてそれがいつか、理解と一致を深め、それぞれの更なる成長につながっていく様子は、いろんな立場で生きている今の自分の姿、周りの人達の姿を見ているようでした。「子」、「弟子」の立場での思いがわかると共に、今の私が、家庭でも教会でも、「親」になり、「師匠」的に、人を教え、導いていかなければならない立場になって、初めてわかるようになった思い、痛み、とまどい、迷い、恐れ、愛しさ、大切さ、尊さ。そんなことを、このドラマに重ね合わせていたのかもしれません。

神学校の時の先輩が、「人間がわからなければ、伝道なんてできないよ。人間を学ぶ良い教材って何だと思う?テレビのドラマがその一つだよ。もちろん、質っていうものがあるから、内容をよく吟味し、選ばなくちゃいけないけど、『ドラマなんて…』って馬鹿にしないで見てごらん。」とアドバイスしてくださったことがありました(別にドラマを馬鹿にしたわけではなく、何かの話からそんな内容になって、先輩がアツク語ってくださったのでした)。そして、そこからみことば、イエス様につないでいくこと、逆に、みことば、イエス様からドラマにつなげて、人の体と心の深さを見ることで、理解が深まるというアドバイスでした。ほんとに的確なアドバイスだったなぁと思います。

そんな意味でも、「ちりとてちん」では泣けたような気がします。「300年の歴史の中で、人から人へと伝えられてきた落語という流れの中に、自分達がいる」と言って、その落語を伝える為に、草若師匠が弟子をどう教え導くか、お母ちゃんが、どんな風に子供を愛し、その成長を見守り、支えていくのか…。たくさんの共感、感動を覚える言葉をたくさん聞いて、言葉を語る表情を見て、イエス様ご自身からもいろんなことを教えていただきました。

同時に、人の「言葉」の持つ重みがこんなに深く豊かなものであるなら、生ける神の生きたみことばには、どれほどの力があるのだろう…とも思わされました。生ける神のみことばにしっかりとつながり、養われ、愛と恵みに満ちた、真実のことばを語る人になりたいし、そういう私の姿が、「キリストの香り」を放つものとして、イエス様に用いられるものになるといいなぁ〜と、つくづく思いながら、「ちりとてちん」最終回の最後のシーン、若狭ちゃんの笑顔を、こちらも笑顔で見つめていました♪

Friday, March 28, 2008

予防接種

今日は、Jの予防接種に行ってきました。「ジフテリア、破傷風」の第2期接種。11-13歳の間に受けるようにと、市からの通知が来ていましたが、注射は大の苦手のJ、アメリカに一時帰国で戻る前にやっておこうよと、春休みになってようやく行ってきました。

日本では「母子手帳」にすべての記録がされていきますが、Jはアメリカ生まれなので、2歳半で日本に引っ越して来るまで、母子手帳はありませんでした。「3歳児健診」の為、当時住んでいた所沢市役所で、母子手帳をもらったのはJが3歳になってから。なんだか嬉しかったのを思い出します。今日は、アメリカで受けた予防接種の記録カードと、母子手帳を二つ持って小児科へ。

まず私がいつもの注射で病院に行き、Jも一緒に待っていたら、仲良しのI看護士さんが、Jを見つけて「あら〜、久しぶり!元気だった?」と声をかけてくださいました。I看護士さんは、Jをとても気に入ってくださっていて、Jが一緒の時は「J君、元気?」と、必ず声をかけてくださいます。そしてJも、いつもはにこにことごあいさつをしています。が、今日は、大っきらいな注射を控えているので、すごい緊張…で、いつものようにちゃんとあいさつもできず、し〜んとしているので、「これから予防接種だから、ちょっと緊張していて…。」とママが状況説明。「あ、そうなんだ〜。がんばれ!」と頭をなでられ、私の注射もすんで、今度はいよいよS小児科へ…。

熱も平熱だし、一応診察して問題なしということを確認し、私が書類にサインをして、いよいよ注射。泣きそうなんだか、ニコニコしてるんだか、複雑〜な表情をして、先生から腕にチクッと注射をしてもらいました。あっと言う間に終わり、あぁ、良かった、無事終了〜と思ったのに、注射が終わってから、Jったら「ア〜ウチ!アウチ!」と、なぜか英語で2回も言うので、先生も看護婦さんも大笑い。にこやかな、和やかな雰囲気で、ここ数ヶ月、Jの心の重荷だった?予防注射が無事終了しました。ご苦労様(ママが?)!

Monday, March 24, 2008

Happy Easter!

昨日はイースターでした。朝から、会場の準備、賛美と奏楽の練習、こども会の打ち合わせなどなど、大忙しでしたが、1日無事に守られて、本当に感謝でした。そして、たくさんの方々と、感謝に満ちたイースターの礼拝をささげることができ、とても嬉しかったです。

礼拝では、前奏にバイオリン、フレンチホルン、チェロとピアノで合奏をしました。ワーシップソングの賛美は、私のピアノと宣教師のH先生のドラムで奏楽しましたが、讃美歌の方は、バイオリン、フレンチホルン、チェロとピアノで奏楽。やっぱり音の広がりや深みが増して、とても良かったし、歌うみんなも、いろんな意味で歌いやすかったかな…と思います。いろんな要素をバランス良く取り込んで、いろんな人が奉仕に加わってささげる礼拝ってすてきだな〜と思いました。

それから、いつもは一人の人だけで聖書を読むご奉仕をしますが、今回はKevinのアイディアを私がかなり広げて?ヨハネ11章のところの聖書朗読を、ナレーター、イエス様、弟子、マルタ、マリヤ、ユダヤ人…と、役に分けて、6人の方々にご奉仕をお願いしました。それもなかなか評判が良く、みことばが、劇風に、情景がわかりやすく読まれて、とても良かったです。

宣教師のT先生も、久しぶりにご家族で来られ、奥さんの賛美、ご主人のピアノ伴奏で、特別賛美をしてくださいました。何年も前になりますが、T先生から英語の賛美の曲を訳してくれない?と頼まれて、『I'm amazed』という曲を訳したことがありました。急いでおられたようだったので、あまりじっくり考える間もなく、ひたすら祈りながら、T宣教師ご夫妻のご奉仕の為にささっと訳したのでした。だから、今じっくりと、英語と日本語の歌詞に向かうと、「こういう訳し方もあったかな…」とか、思ってしまうのですが、先生達は、私の訳が歌いやすくていい!と、すごく気に入ってくださって、何度も何度もいろんなところで歌って、主を賛美しています。今回も、T先生が、賛美の前に、とても嬉しそうに、「かおりさんが訳してくれた曲です。」と私の方をむいてにこっとして、紹介してから歌ってくださいました。なんかその優しい笑顔を見た時、私がした訳の出来不出来はまた別の話として、「かおりが訳してくれた」と、いつまでも口にして、喜んでくださるT先生ご夫妻の後ろに、イエス様の優しい笑顔を見た感じがしました。私ができることなんて、本当に小さなものでしかないけれど、それを誰よりも喜んで受けてくださるイエス様。誇らしく、嬉しさに満ちた笑顔をもって、用いてくださるイエス様。なんだか、涙が出るほど嬉しかったです。

Kevinのメッセージも、訳している時から、私自身いろいろ教えられたのですが、聴いていたお一人お一人が、どんなふうに受けとめられたかは、聖霊様に祈っておゆだねです。いつもながら、一生懸命に練習してご奉仕したKevinにも、イエス様が足りなさを補って、ご用の為に用いてくださると共に、きっと大きな祝福が与えられるんだろうなと思いました。

さて、午後からは、一番エネルギーを要する「イースターこども会」。今回は、いつもの年とは違った時間帯、しかも会場も、4階にある別の部屋。去年は、なんだか大盛況で、20人以上のこども達が来てくれてすごかったのですが、下のもっと広い部屋だったから、十分に対応できたものの、今年は部屋もせまいし、あまり大騒ぎしないで、といわれているお部屋だし、かなり心配で、祈っていました。でもKevinに、「神様がちゃんと調整してくださるから、そんなに心配しないでいいんじゃない?」と言われたように、私の期待以上に、神様がすべてをスムーズに導いてくださいました。人数もちょうど、ゲームも、大騒ぎしないでも、こども達はみんな充分に楽しんでいたし(ご奉仕の大人も結構楽しんでいた様子で、嬉しかったし)、工作もかなり盛り上がり、みんな満足して帰ったようでした。

「あ〜、良かった、事故も怪我もなく、みんな楽しく過ごせたし、イエス様の復活のお話もよく聴いていたし、イエス様、ありがとうございました!!!」と、感謝にあふれて1日を終えることができました。お祈りくださった皆さん、私の体を心配して、私の代わりにまめに動いて支えてくださった教会の方々、そして、すべてを守り導き、祝福してくださったイエス様に感謝、感謝です。