ハムスターのショコラ・チョコハム
まぁ〜るくなって、まるでお団子のよう。ホワホワしています。
これは、ウーパールーパーのルーちゃん。(または「ルーチン」)最近、ちょっとりっぱなおうち(水槽)に引っ越したので、隠れ場になるような筒(なんというのかわからないけど)を置いてあげたら、時々こうやって入っています。あんまり「隠れ場」って感じがしないけど…。
近くから見るとこんな感じ。石を枕にして寝そべっているみたいに見えて、写真を撮りながら、一人で大笑いしてしまいました。
ショコラとルーちゃんは、我が家に笑い、癒し、慰めを与えてくれる大事な存在。特にウーパールーパーのルーちゃんは、ひょんなことで飼うことになってしまって、最初は「小さいうちはいいけど、大きくなったらちょっと恐いかも…」と思っていたけど、ずっと世話をしているとすっかり情が移って、そんなことは全然感じなくなるものだなぁと思います(他のお宅のウーパールーパーにも、ルーちゃんに対してと同じ気持ちになれるわけじゃないかもしれないけど)。ハムスターのかわいさ、おもしろさは十分経験済みと思ってましたが、この3代目ショコラのかわいさ、おもしろさは格別だし、ウーパールーパーのおもしろさやかわいさは、飼ってみて初めてわかったし、ほんとに、動物も個性豊かだなぁと実感。
自然や動物達を見ていると、神様の創造のみわざのすばらしさと共に、神様の美的センスやユーモアのセンスも感じて、心が和むだけでなく、楽しさが内から湧き上がってきます。ショコラとルーちゃんも、その存在を通して神様のすばらしさを証明しているんですね。ますます大事にかわいがりつつ、神様に感謝と賛美をささげていきたいです。
それから、またいつかネコとも一緒に暮らせるといいなぁ…。
Friday, April 27, 2012
Thursday, April 26, 2012
iPhone ケース
一目惚れ(?)して買ったiPhoneケース。バイオリンやピアノの絵/写真が手元にあるだけで、嬉しくて嬉しくて♡
こういう思いで心がいっぱいになって、神様に賛美と感謝の音色をささげたいと思うわけですが、現実はなかなかそうもいかず、チャレンジいっぱい。。。でもこのケースを見るたびに、神様からの励ましが注がれているのを感じ、ますます嬉しさいっぱいになっているこの頃です♪
こういう思いで心がいっぱいになって、神様に賛美と感謝の音色をささげたいと思うわけですが、現実はなかなかそうもいかず、チャレンジいっぱい。。。でもこのケースを見るたびに、神様からの励ましが注がれているのを感じ、ますます嬉しさいっぱいになっているこの頃です♪
Thursday, February 23, 2012
<王に仕えるのにふさわしい者>
ヨーロッパの王たちが乗る馬を選ぶ過程を、テレビで見たことがあります。サウジアラビアから優秀な馬を集め、数十頭にしぼって訓練し、最後には、どんな状況でも調教師が口笛を吹けば、その場で止まるように訓練します。
調教師は、このように訓練した馬を3日間砂漠に放置します。そして、もう一度呼んで、水がある場所に連れて行きます。馬は無我夢中で水辺に走って行きますが、調教師は馬が水を飲む直前に、無情にも口笛を吹きます。馬は口笛で行動を止めるように訓練されましたが、その瞬間だけは訓練通りにできません。しかし、その中でも、数頭はその場で止まります。すると、調教師はその馬に「王に仕えるのにふさわしい馬」と烙印を押します。
馬も訓練を通してこのようになれるならば、王の王に仕える神の民は、馬よりもすぐれていなければなりません。この世には、私たちを誘惑する甘い偶像があります。しかし私たちは、ただ一人の口笛の音、みことばにだけ従わなければなりません。神を王として認める人は、礼拝の優先順位がはっきりしています。神が願われる道と方法を選び、従います。それが、まさに神を恐れ敬う者の姿です。
「心の割礼」/キム・スンウク
調教師は、このように訓練した馬を3日間砂漠に放置します。そして、もう一度呼んで、水がある場所に連れて行きます。馬は無我夢中で水辺に走って行きますが、調教師は馬が水を飲む直前に、無情にも口笛を吹きます。馬は口笛で行動を止めるように訓練されましたが、その瞬間だけは訓練通りにできません。しかし、その中でも、数頭はその場で止まります。すると、調教師はその馬に「王に仕えるのにふさわしい馬」と烙印を押します。
馬も訓練を通してこのようになれるならば、王の王に仕える神の民は、馬よりもすぐれていなければなりません。この世には、私たちを誘惑する甘い偶像があります。しかし私たちは、ただ一人の口笛の音、みことばにだけ従わなければなりません。神を王として認める人は、礼拝の優先順位がはっきりしています。神が願われる道と方法を選び、従います。それが、まさに神を恐れ敬う者の姿です。
「心の割礼」/キム・スンウク
Saturday, January 28, 2012
<みことば暗唱は愛の告白>
「父なる神と御子イエス・キリストと聖霊を信じます。」が信仰告白だとするなら、「すばらしい主のみことばを昼夜黙想します。」は、愛の告白ではないでしょうか。
みことば暗唱の訓練を受けているある信徒の告白です。
「私は、みことばを暗唱するとき、喜びに満たされています。その時間は、私の考えの周波数が主に合わせられているからです。ですから、主にこのように告白しました。『主よ、私がブツブツと暗唱するとき、どんなに主を喜び、主をほめたたえているかご存知でしょう。』するとその時、主が私のブツブツ言う声を愛の声として受け取ってくださるというみことばが示されました。大きな喜びと幸せに満たされて、涙が流れました。私の願いは、みことばに満たされることで、これまでの生き方と価値観が完全に新しくなることです。」
神を愛する人は、主のみことばである聖書をつねに携えて過ごします。聖書を読み、学び、暗唱し、黙想することを生活で優先させます。特に、恵みとなるみことばを糧とし、いつも口ずさみます。生涯、信仰生活を続けながらも、いつも不安で、心配ばかりして生きてきた人たちが、みことばの暗唱、黙想の喜びを味わえば、心の天の扉が大きく開かれるのを経験することでしょう。また、聖霊に満たされて霊の目が開かれ、この地で天の御国を生きることでしょう。
「子どもへの愛はみことばの暗唱」/ヨ・ウンハク
みことば暗唱の訓練を受けているある信徒の告白です。
「私は、みことばを暗唱するとき、喜びに満たされています。その時間は、私の考えの周波数が主に合わせられているからです。ですから、主にこのように告白しました。『主よ、私がブツブツと暗唱するとき、どんなに主を喜び、主をほめたたえているかご存知でしょう。』するとその時、主が私のブツブツ言う声を愛の声として受け取ってくださるというみことばが示されました。大きな喜びと幸せに満たされて、涙が流れました。私の願いは、みことばに満たされることで、これまでの生き方と価値観が完全に新しくなることです。」
神を愛する人は、主のみことばである聖書をつねに携えて過ごします。聖書を読み、学び、暗唱し、黙想することを生活で優先させます。特に、恵みとなるみことばを糧とし、いつも口ずさみます。生涯、信仰生活を続けながらも、いつも不安で、心配ばかりして生きてきた人たちが、みことばの暗唱、黙想の喜びを味わえば、心の天の扉が大きく開かれるのを経験することでしょう。また、聖霊に満たされて霊の目が開かれ、この地で天の御国を生きることでしょう。
「子どもへの愛はみことばの暗唱」/ヨ・ウンハク
Saturday, December 31, 2011
大みそか 2011
今年は、1月5日にブログの記事を書いて以来、ず〜っとごぶさたしてしまいました。いろいろなことがあって、目の前のことをこなすのに精一杯で、あたりまえのことがあたりまえでなくなった年だったなと思います。私だけでなく、皆さん同じだったことでしょう。
激動の一年、ものすごく長かったような、あっと言う間だったような、何とも言えない感じがしながら、今日、大みそかになってこの1年を振り返ってみた時、聖歌にある「かぞえてみよ、主の恵み」という賛美の歌詞をしみじみ思いました。いろいろ個人的なことがたくさんあるので、文章に残したり、分かち合ったりできないこともたくさんあります。でも、その時その時に、小さい頃から歌い続けてきた讃美歌の歌詞を通して、神様から励まされ、慰められ、教えられ、信仰の確認をさせられ、導かれてきたなぁと思います。自分で意識して歌い始めたとか、思い出して歌い始めた、というのではありませんでした。本当に、賛美がふっと心に湧き上がり、気がついた時には自分も歌い、そこからいただいた恵みに感動し、圧倒されて泣いている状態でした。このような経験、また聖書通読やディボーションの中から、レビ人、賛美の奉仕者として召されていることを、繰り返し繰り返し示された一年でした。
聖書通読も、一年の予定通りに終えることができました。つくづく、神様の助けと憐れみ、そして祝福だったと思います。同じ箇所を共に読む兄弟姉妹が与えられていることのすばらしさも実感しました。みことばの糧と恵みを分かち合い、共に喜び、共に泣き、重荷を負いあって祈りあうことのできた家族、友人、教会の皆さんに、心から感謝します。ありがとうございました。そして、どんな時にも変わらず愛し、祝福し、導いてくださった神様に感謝し、御名をほめたたえます。
悲しみ、痛み、苦しみの多かった1年でしたが、最後はこうして恵みをかぞえ、主と皆さんに感謝し、御名をほめたたえて一年を終えることができて、本当に嬉しく思います。主の御名にのみ栄光がとこしえにありますように、神様からの豊かな祝福と恵み、そして宝をいただいて、主と共に歩み続けることができますように、心からお祈りします。
主イエスの恵みがすべての者とともにあるように。アーメン。
黙示録22:21
激動の一年、ものすごく長かったような、あっと言う間だったような、何とも言えない感じがしながら、今日、大みそかになってこの1年を振り返ってみた時、聖歌にある「かぞえてみよ、主の恵み」という賛美の歌詞をしみじみ思いました。いろいろ個人的なことがたくさんあるので、文章に残したり、分かち合ったりできないこともたくさんあります。でも、その時その時に、小さい頃から歌い続けてきた讃美歌の歌詞を通して、神様から励まされ、慰められ、教えられ、信仰の確認をさせられ、導かれてきたなぁと思います。自分で意識して歌い始めたとか、思い出して歌い始めた、というのではありませんでした。本当に、賛美がふっと心に湧き上がり、気がついた時には自分も歌い、そこからいただいた恵みに感動し、圧倒されて泣いている状態でした。このような経験、また聖書通読やディボーションの中から、レビ人、賛美の奉仕者として召されていることを、繰り返し繰り返し示された一年でした。
聖書通読も、一年の予定通りに終えることができました。つくづく、神様の助けと憐れみ、そして祝福だったと思います。同じ箇所を共に読む兄弟姉妹が与えられていることのすばらしさも実感しました。みことばの糧と恵みを分かち合い、共に喜び、共に泣き、重荷を負いあって祈りあうことのできた家族、友人、教会の皆さんに、心から感謝します。ありがとうございました。そして、どんな時にも変わらず愛し、祝福し、導いてくださった神様に感謝し、御名をほめたたえます。
悲しみ、痛み、苦しみの多かった1年でしたが、最後はこうして恵みをかぞえ、主と皆さんに感謝し、御名をほめたたえて一年を終えることができて、本当に嬉しく思います。主の御名にのみ栄光がとこしえにありますように、神様からの豊かな祝福と恵み、そして宝をいただいて、主と共に歩み続けることができますように、心からお祈りします。
主イエスの恵みがすべての者とともにあるように。アーメン。
黙示録22:21
Wednesday, January 5, 2011
聖書通読
2011年、明けましておめでとうございます。
クリスマス礼拝後より、我が家は、たまりにたまった疲れが吹き出しているのか、最初にKevin、その次はJと風邪っぴきになり、家でおとなしくお正月を過ごしました。でもそれぞれ、必要な休息をとることができ、また、家族で「さぁ、聖書通読がんばろう〜!」と、それぞれに通読を励まし合いながら(厳しくチェックしているのは、もっぱら私ですが)新年をスタートしました。
この数年、個人的に「リビングライフ」の通読表を使って通読をしているので、年末までに聖書を1回読み終える、という予定です。最初は読み慣れた新改訳で読んでいましたが、年に一回の通読用には、毎年違った訳の聖書を読んでみるのもいいなと思って、去年は現代訳、今年は新共同訳で読んでいます。いろんな新しい発見、気づきがあって恵まれています。
個人的な通読の他、今年は牧師のK先生が「2年かけて聖書を1回読む」というペースで、教会向けに作ってくださった通読表を使っての通読も始めました。K先生ご夫妻と私たち夫婦との話し合いの時に、「それぞれの通読やディボーションの他、今年は教会向けの通読表も使って、教会のみんなと一緒に通読を進め、お互いに祈り励まし合えるようにしましょう」ということになったからです。こっちの方の通読は、第3版の新改訳聖書を使うことにしました。この聖書には、赤線もメモ書きもしない、ということに決めているので、これまた新鮮な通読になりそうで楽しみです。
TCCでお世話になった下川先生のご本に、「聖書は読めば読むほどスムーズに読めるようになる」とありましたが、この2-3年、そのことを実感しています。そして、もっともっと聖書を読みたくなり、味わいも深くなりました。聖書通読にも、仲間がいると励まされます。家族、教会、友人たちと励まし合い、チェックし合い、今年も聖書通読に励み、みことばの恵みをたくさん分かち合っていきたいです。
今年の教会の年間聖句はヘブル11:1です。教会のこども達にも暗唱聖句として覚えるように励まし、私自身も心に刻みつけて、この1年歩めますようにと祈っています。
クリスマス礼拝後より、我が家は、たまりにたまった疲れが吹き出しているのか、最初にKevin、その次はJと風邪っぴきになり、家でおとなしくお正月を過ごしました。でもそれぞれ、必要な休息をとることができ、また、家族で「さぁ、聖書通読がんばろう〜!」と、それぞれに通読を励まし合いながら(厳しくチェックしているのは、もっぱら私ですが)新年をスタートしました。
この数年、個人的に「リビングライフ」の通読表を使って通読をしているので、年末までに聖書を1回読み終える、という予定です。最初は読み慣れた新改訳で読んでいましたが、年に一回の通読用には、毎年違った訳の聖書を読んでみるのもいいなと思って、去年は現代訳、今年は新共同訳で読んでいます。いろんな新しい発見、気づきがあって恵まれています。
個人的な通読の他、今年は牧師のK先生が「2年かけて聖書を1回読む」というペースで、教会向けに作ってくださった通読表を使っての通読も始めました。K先生ご夫妻と私たち夫婦との話し合いの時に、「それぞれの通読やディボーションの他、今年は教会向けの通読表も使って、教会のみんなと一緒に通読を進め、お互いに祈り励まし合えるようにしましょう」ということになったからです。こっちの方の通読は、第3版の新改訳聖書を使うことにしました。この聖書には、赤線もメモ書きもしない、ということに決めているので、これまた新鮮な通読になりそうで楽しみです。
TCCでお世話になった下川先生のご本に、「聖書は読めば読むほどスムーズに読めるようになる」とありましたが、この2-3年、そのことを実感しています。そして、もっともっと聖書を読みたくなり、味わいも深くなりました。聖書通読にも、仲間がいると励まされます。家族、教会、友人たちと励まし合い、チェックし合い、今年も聖書通読に励み、みことばの恵みをたくさん分かち合っていきたいです。
今年の教会の年間聖句はヘブル11:1です。教会のこども達にも暗唱聖句として覚えるように励まし、私自身も心に刻みつけて、この1年歩めますようにと祈っています。
Friday, December 31, 2010
大みそか 2010
今年もあっという間に大みそかとなりました。いろんなことがありましたが、振り返ってみるとすべて感謝、神様の恵みと祝福に変えられていたことを思います。「わたしがあなたと共にいて、あなたを守る。」と約束してくださった主、そしてそのみことばを実現してくださった主の真実に感動し、御名をほめたたえ、感謝いっぱいで一年を締めくくることができて本当に嬉しいです。
今年は教会に牧師先生ご夫妻を迎え、2回もアメリカに行き、Jに背を抜かれ、大好きな、大事な方々とのなつかしい再会と交わり、また新しい出会いと交わりが与えられ、家族、教会の方々との交わりも豊かに、さらに深められた、とっても中身の濃い一年でした。
マイペースながらバイオリンのレッスンも続けられて、ちょっとバイオリンに近づけた感じがします。そしてますますバイオリンが大好きになりました。何をしていても、何かでバイオリンの音が聞こえてくると、ふっとそっちに全神経が集中する自分に、自分で思っていた以上にバイオリンが好きで、憧れていたんだなぁと気づきました。まだまだ道のりは遠いけど、イエス様と一緒に、大好きなバイオリン続けていきたいです。
ピアノでは、TCCで学んだことを実践する為のいろんな志が与えられて、楽しさ(とチャレンジ)が増しました。
20年ぶりにTCCに行き、在学中、オルガン設置前から話には聞いていたすばらしいパイプオルガンを見て、聴くことができたのも嬉しいことでした(学生時代に、あのオルガン弾いてみたかったなぁ〜と思わずにいられませんでしたが。)それと、アメリカでの教会訪問の時にも、すばらしいパイプオルガンの奏楽で讃美歌を歌い、とても嬉しかったです。やっぱりパイプオルガンは「楽器の王様」だなぁと実感。パイプオルガンのすばらしさを改めて感じました。
聖書通読、毎日のディボーション、そしていろんな本を読んで感動し、たくさんの恵みをいただきました。
好きな手芸も、ちまちまと何かしら作っていて、プレゼントにあげたり、自分の楽しみや息抜きになったり、良かったです。
そうそう、このクリスマスに我が家のメンバーになったハムスターの「ショコラ・チョコハム」ちゃん。だいぶ慣れてきて、かわいくてかわいくて、家族全員夢中になっています。やっぱり「毛もの」が家にいるといいなぁ〜♡忘れちゃいけない、Jのちっちゃなお魚のコッピーちゃんも、元気にしています。Jはほんとにかわいがって、よく面倒をみるので、我が息子ながら感心します。イエス様が育ててくださっていることを実感して、本当に感謝です。
今年の歩みを通して、神様から示され、教えられたことは、「私は主のもの。主が愛し、責任をとってくださる。その主を信頼して、小羊が羊飼いを見上げるように愛し、従い、共に歩んでいくことを、主は何よりも私に望んでおられる」ということでした。「共に歩む」「一緒に祈り合う」「よりそって生きる」ということ、小さい時からばくぜんと自分の中に与えられていたことですが、年を経るごとに、ますますそのすばらしさ、恵み、そして神様のみこころが私の中ではっきりとしてきました。このことをしっかりと心に留め、みことばを味わいつつ読み続け、養われ、与えられている家族、教会、信仰の友達と祈り合い、愛し合いながら、来年も歩んでいきたいと思います。そして私たちの姿と生き方を通し、イエス様の御名があがめられ、福音が宣べ伝えられていくといいなぁと祈らされます。
今年もたくさんの方々に心にかけていただき、祈りと多くの助けをいただきました。お一人お一人を通して、神様の愛と恵みを受けることができたことを感謝します。イエス様の恵みが、愛するすべての方々と共にありますように…。主の御名にのみ、栄光が限りなくありますよう祈りつつ、感謝して、2010年締めくくります。
今年は教会に牧師先生ご夫妻を迎え、2回もアメリカに行き、Jに背を抜かれ、大好きな、大事な方々とのなつかしい再会と交わり、また新しい出会いと交わりが与えられ、家族、教会の方々との交わりも豊かに、さらに深められた、とっても中身の濃い一年でした。
マイペースながらバイオリンのレッスンも続けられて、ちょっとバイオリンに近づけた感じがします。そしてますますバイオリンが大好きになりました。何をしていても、何かでバイオリンの音が聞こえてくると、ふっとそっちに全神経が集中する自分に、自分で思っていた以上にバイオリンが好きで、憧れていたんだなぁと気づきました。まだまだ道のりは遠いけど、イエス様と一緒に、大好きなバイオリン続けていきたいです。
ピアノでは、TCCで学んだことを実践する為のいろんな志が与えられて、楽しさ(とチャレンジ)が増しました。
20年ぶりにTCCに行き、在学中、オルガン設置前から話には聞いていたすばらしいパイプオルガンを見て、聴くことができたのも嬉しいことでした(学生時代に、あのオルガン弾いてみたかったなぁ〜と思わずにいられませんでしたが。)それと、アメリカでの教会訪問の時にも、すばらしいパイプオルガンの奏楽で讃美歌を歌い、とても嬉しかったです。やっぱりパイプオルガンは「楽器の王様」だなぁと実感。パイプオルガンのすばらしさを改めて感じました。
聖書通読、毎日のディボーション、そしていろんな本を読んで感動し、たくさんの恵みをいただきました。
好きな手芸も、ちまちまと何かしら作っていて、プレゼントにあげたり、自分の楽しみや息抜きになったり、良かったです。
そうそう、このクリスマスに我が家のメンバーになったハムスターの「ショコラ・チョコハム」ちゃん。だいぶ慣れてきて、かわいくてかわいくて、家族全員夢中になっています。やっぱり「毛もの」が家にいるといいなぁ〜♡忘れちゃいけない、Jのちっちゃなお魚のコッピーちゃんも、元気にしています。Jはほんとにかわいがって、よく面倒をみるので、我が息子ながら感心します。イエス様が育ててくださっていることを実感して、本当に感謝です。
今年の歩みを通して、神様から示され、教えられたことは、「私は主のもの。主が愛し、責任をとってくださる。その主を信頼して、小羊が羊飼いを見上げるように愛し、従い、共に歩んでいくことを、主は何よりも私に望んでおられる」ということでした。「共に歩む」「一緒に祈り合う」「よりそって生きる」ということ、小さい時からばくぜんと自分の中に与えられていたことですが、年を経るごとに、ますますそのすばらしさ、恵み、そして神様のみこころが私の中ではっきりとしてきました。このことをしっかりと心に留め、みことばを味わいつつ読み続け、養われ、与えられている家族、教会、信仰の友達と祈り合い、愛し合いながら、来年も歩んでいきたいと思います。そして私たちの姿と生き方を通し、イエス様の御名があがめられ、福音が宣べ伝えられていくといいなぁと祈らされます。
今年もたくさんの方々に心にかけていただき、祈りと多くの助けをいただきました。お一人お一人を通して、神様の愛と恵みを受けることができたことを感謝します。イエス様の恵みが、愛するすべての方々と共にありますように…。主の御名にのみ、栄光が限りなくありますよう祈りつつ、感謝して、2010年締めくくります。
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