ジャン・ピエール・ド・コサードは「一瞬一瞬を礼拝によって」生きる態度が、聖化への早道であることを知りました。彼は「毎分、毎秒の中に神の国があり、御国の糧を含んでいる。だからどうでもいい瞬間は存在しない。」と何度も強調しています。コサードは「聖」と「世俗」を区分してはいけないと教えています。たとえ些細なことであっても、神はすべてのことを通して働かれます。「聖なることかどうかを問うのではなく、その中にある神の御手を求めなければなりません。」と繰り返し主張しています。それだけでなく、時間そのものが神の働きなのだと言います。時間は「神の働きを記録する歴史」であるからです。
「今立っているところで神を求めなさい」という教えは、いつでも嬉しいものではありません。未来の瞬間は、挑戦的であり、刺激的で、報いは大きいだろうと考えながらも、「今」という時間に捧げるべき礼拝を、ただ無視してしまいたいことがいかに多いことでしょう。しかし、覚えておかなければならないことは、主が恵みを注いでくださる場所は、まさに今立っているところなのだということです。実際に私が存在する唯一の場所は現在だからです。
私も、このような文章を書くより、もっと重要で、もっと忙しく、もっと賛美すべきことがいくらでもあります。しかし原稿を書いている今、私が急いですべきことは、文章を完成させることです。それが「今立っているところで捧げる礼拝」だからです。
「霊感を与えた師たち」/フィリップ・ヤンシー
Saturday, November 7, 2009
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