「父なる神と御子イエス・キリストと聖霊を信じます。」が信仰告白だとするなら、「すばらしい主のみことばを昼夜黙想します。」は、愛の告白ではないでしょうか。
みことば暗唱の訓練を受けているある信徒の告白です。
「私は、みことばを暗唱するとき、喜びに満たされています。その時間は、私の考えの周波数が主に合わせられているからです。ですから、主にこのように告白しました。『主よ、私がブツブツと暗唱するとき、どんなに主を喜び、主をほめたたえているかご存知でしょう。』するとその時、主が私のブツブツ言う声を愛の声として受け取ってくださるというみことばが示されました。大きな喜びと幸せに満たされて、涙が流れました。私の願いは、みことばに満たされることで、これまでの生き方と価値観が完全に新しくなることです。」
神を愛する人は、主のみことばである聖書をつねに携えて過ごします。聖書を読み、学び、暗唱し、黙想することを生活で優先させます。特に、恵みとなるみことばを糧とし、いつも口ずさみます。生涯、信仰生活を続けながらも、いつも不安で、心配ばかりして生きてきた人たちが、みことばの暗唱、黙想の喜びを味わえば、心の天の扉が大きく開かれるのを経験することでしょう。また、聖霊に満たされて霊の目が開かれ、この地で天の御国を生きることでしょう。
「子どもへの愛はみことばの暗唱」/ヨ・ウンハク
Saturday, January 28, 2012
Saturday, December 31, 2011
大みそか 2011
今年は、1月5日にブログの記事を書いて以来、ず〜っとごぶさたしてしまいました。いろいろなことがあって、目の前のことをこなすのに精一杯で、あたりまえのことがあたりまえでなくなった年だったなと思います。私だけでなく、皆さん同じだったことでしょう。
激動の一年、ものすごく長かったような、あっと言う間だったような、何とも言えない感じがしながら、今日、大みそかになってこの1年を振り返ってみた時、聖歌にある「かぞえてみよ、主の恵み」という賛美の歌詞をしみじみ思いました。いろいろ個人的なことがたくさんあるので、文章に残したり、分かち合ったりできないこともたくさんあります。でも、その時その時に、小さい頃から歌い続けてきた讃美歌の歌詞を通して、神様から励まされ、慰められ、教えられ、信仰の確認をさせられ、導かれてきたなぁと思います。自分で意識して歌い始めたとか、思い出して歌い始めた、というのではありませんでした。本当に、賛美がふっと心に湧き上がり、気がついた時には自分も歌い、そこからいただいた恵みに感動し、圧倒されて泣いている状態でした。このような経験、また聖書通読やディボーションの中から、レビ人、賛美の奉仕者として召されていることを、繰り返し繰り返し示された一年でした。
聖書通読も、一年の予定通りに終えることができました。つくづく、神様の助けと憐れみ、そして祝福だったと思います。同じ箇所を共に読む兄弟姉妹が与えられていることのすばらしさも実感しました。みことばの糧と恵みを分かち合い、共に喜び、共に泣き、重荷を負いあって祈りあうことのできた家族、友人、教会の皆さんに、心から感謝します。ありがとうございました。そして、どんな時にも変わらず愛し、祝福し、導いてくださった神様に感謝し、御名をほめたたえます。
悲しみ、痛み、苦しみの多かった1年でしたが、最後はこうして恵みをかぞえ、主と皆さんに感謝し、御名をほめたたえて一年を終えることができて、本当に嬉しく思います。主の御名にのみ栄光がとこしえにありますように、神様からの豊かな祝福と恵み、そして宝をいただいて、主と共に歩み続けることができますように、心からお祈りします。
主イエスの恵みがすべての者とともにあるように。アーメン。
黙示録22:21
激動の一年、ものすごく長かったような、あっと言う間だったような、何とも言えない感じがしながら、今日、大みそかになってこの1年を振り返ってみた時、聖歌にある「かぞえてみよ、主の恵み」という賛美の歌詞をしみじみ思いました。いろいろ個人的なことがたくさんあるので、文章に残したり、分かち合ったりできないこともたくさんあります。でも、その時その時に、小さい頃から歌い続けてきた讃美歌の歌詞を通して、神様から励まされ、慰められ、教えられ、信仰の確認をさせられ、導かれてきたなぁと思います。自分で意識して歌い始めたとか、思い出して歌い始めた、というのではありませんでした。本当に、賛美がふっと心に湧き上がり、気がついた時には自分も歌い、そこからいただいた恵みに感動し、圧倒されて泣いている状態でした。このような経験、また聖書通読やディボーションの中から、レビ人、賛美の奉仕者として召されていることを、繰り返し繰り返し示された一年でした。
聖書通読も、一年の予定通りに終えることができました。つくづく、神様の助けと憐れみ、そして祝福だったと思います。同じ箇所を共に読む兄弟姉妹が与えられていることのすばらしさも実感しました。みことばの糧と恵みを分かち合い、共に喜び、共に泣き、重荷を負いあって祈りあうことのできた家族、友人、教会の皆さんに、心から感謝します。ありがとうございました。そして、どんな時にも変わらず愛し、祝福し、導いてくださった神様に感謝し、御名をほめたたえます。
悲しみ、痛み、苦しみの多かった1年でしたが、最後はこうして恵みをかぞえ、主と皆さんに感謝し、御名をほめたたえて一年を終えることができて、本当に嬉しく思います。主の御名にのみ栄光がとこしえにありますように、神様からの豊かな祝福と恵み、そして宝をいただいて、主と共に歩み続けることができますように、心からお祈りします。
主イエスの恵みがすべての者とともにあるように。アーメン。
黙示録22:21
Wednesday, January 5, 2011
聖書通読
2011年、明けましておめでとうございます。
クリスマス礼拝後より、我が家は、たまりにたまった疲れが吹き出しているのか、最初にKevin、その次はJと風邪っぴきになり、家でおとなしくお正月を過ごしました。でもそれぞれ、必要な休息をとることができ、また、家族で「さぁ、聖書通読がんばろう〜!」と、それぞれに通読を励まし合いながら(厳しくチェックしているのは、もっぱら私ですが)新年をスタートしました。
この数年、個人的に「リビングライフ」の通読表を使って通読をしているので、年末までに聖書を1回読み終える、という予定です。最初は読み慣れた新改訳で読んでいましたが、年に一回の通読用には、毎年違った訳の聖書を読んでみるのもいいなと思って、去年は現代訳、今年は新共同訳で読んでいます。いろんな新しい発見、気づきがあって恵まれています。
個人的な通読の他、今年は牧師のK先生が「2年かけて聖書を1回読む」というペースで、教会向けに作ってくださった通読表を使っての通読も始めました。K先生ご夫妻と私たち夫婦との話し合いの時に、「それぞれの通読やディボーションの他、今年は教会向けの通読表も使って、教会のみんなと一緒に通読を進め、お互いに祈り励まし合えるようにしましょう」ということになったからです。こっちの方の通読は、第3版の新改訳聖書を使うことにしました。この聖書には、赤線もメモ書きもしない、ということに決めているので、これまた新鮮な通読になりそうで楽しみです。
TCCでお世話になった下川先生のご本に、「聖書は読めば読むほどスムーズに読めるようになる」とありましたが、この2-3年、そのことを実感しています。そして、もっともっと聖書を読みたくなり、味わいも深くなりました。聖書通読にも、仲間がいると励まされます。家族、教会、友人たちと励まし合い、チェックし合い、今年も聖書通読に励み、みことばの恵みをたくさん分かち合っていきたいです。
今年の教会の年間聖句はヘブル11:1です。教会のこども達にも暗唱聖句として覚えるように励まし、私自身も心に刻みつけて、この1年歩めますようにと祈っています。
クリスマス礼拝後より、我が家は、たまりにたまった疲れが吹き出しているのか、最初にKevin、その次はJと風邪っぴきになり、家でおとなしくお正月を過ごしました。でもそれぞれ、必要な休息をとることができ、また、家族で「さぁ、聖書通読がんばろう〜!」と、それぞれに通読を励まし合いながら(厳しくチェックしているのは、もっぱら私ですが)新年をスタートしました。
この数年、個人的に「リビングライフ」の通読表を使って通読をしているので、年末までに聖書を1回読み終える、という予定です。最初は読み慣れた新改訳で読んでいましたが、年に一回の通読用には、毎年違った訳の聖書を読んでみるのもいいなと思って、去年は現代訳、今年は新共同訳で読んでいます。いろんな新しい発見、気づきがあって恵まれています。
個人的な通読の他、今年は牧師のK先生が「2年かけて聖書を1回読む」というペースで、教会向けに作ってくださった通読表を使っての通読も始めました。K先生ご夫妻と私たち夫婦との話し合いの時に、「それぞれの通読やディボーションの他、今年は教会向けの通読表も使って、教会のみんなと一緒に通読を進め、お互いに祈り励まし合えるようにしましょう」ということになったからです。こっちの方の通読は、第3版の新改訳聖書を使うことにしました。この聖書には、赤線もメモ書きもしない、ということに決めているので、これまた新鮮な通読になりそうで楽しみです。
TCCでお世話になった下川先生のご本に、「聖書は読めば読むほどスムーズに読めるようになる」とありましたが、この2-3年、そのことを実感しています。そして、もっともっと聖書を読みたくなり、味わいも深くなりました。聖書通読にも、仲間がいると励まされます。家族、教会、友人たちと励まし合い、チェックし合い、今年も聖書通読に励み、みことばの恵みをたくさん分かち合っていきたいです。
今年の教会の年間聖句はヘブル11:1です。教会のこども達にも暗唱聖句として覚えるように励まし、私自身も心に刻みつけて、この1年歩めますようにと祈っています。
Friday, December 31, 2010
大みそか 2010
今年もあっという間に大みそかとなりました。いろんなことがありましたが、振り返ってみるとすべて感謝、神様の恵みと祝福に変えられていたことを思います。「わたしがあなたと共にいて、あなたを守る。」と約束してくださった主、そしてそのみことばを実現してくださった主の真実に感動し、御名をほめたたえ、感謝いっぱいで一年を締めくくることができて本当に嬉しいです。
今年は教会に牧師先生ご夫妻を迎え、2回もアメリカに行き、Jに背を抜かれ、大好きな、大事な方々とのなつかしい再会と交わり、また新しい出会いと交わりが与えられ、家族、教会の方々との交わりも豊かに、さらに深められた、とっても中身の濃い一年でした。
マイペースながらバイオリンのレッスンも続けられて、ちょっとバイオリンに近づけた感じがします。そしてますますバイオリンが大好きになりました。何をしていても、何かでバイオリンの音が聞こえてくると、ふっとそっちに全神経が集中する自分に、自分で思っていた以上にバイオリンが好きで、憧れていたんだなぁと気づきました。まだまだ道のりは遠いけど、イエス様と一緒に、大好きなバイオリン続けていきたいです。
ピアノでは、TCCで学んだことを実践する為のいろんな志が与えられて、楽しさ(とチャレンジ)が増しました。
20年ぶりにTCCに行き、在学中、オルガン設置前から話には聞いていたすばらしいパイプオルガンを見て、聴くことができたのも嬉しいことでした(学生時代に、あのオルガン弾いてみたかったなぁ〜と思わずにいられませんでしたが。)それと、アメリカでの教会訪問の時にも、すばらしいパイプオルガンの奏楽で讃美歌を歌い、とても嬉しかったです。やっぱりパイプオルガンは「楽器の王様」だなぁと実感。パイプオルガンのすばらしさを改めて感じました。
聖書通読、毎日のディボーション、そしていろんな本を読んで感動し、たくさんの恵みをいただきました。
好きな手芸も、ちまちまと何かしら作っていて、プレゼントにあげたり、自分の楽しみや息抜きになったり、良かったです。
そうそう、このクリスマスに我が家のメンバーになったハムスターの「ショコラ・チョコハム」ちゃん。だいぶ慣れてきて、かわいくてかわいくて、家族全員夢中になっています。やっぱり「毛もの」が家にいるといいなぁ〜♡忘れちゃいけない、Jのちっちゃなお魚のコッピーちゃんも、元気にしています。Jはほんとにかわいがって、よく面倒をみるので、我が息子ながら感心します。イエス様が育ててくださっていることを実感して、本当に感謝です。
今年の歩みを通して、神様から示され、教えられたことは、「私は主のもの。主が愛し、責任をとってくださる。その主を信頼して、小羊が羊飼いを見上げるように愛し、従い、共に歩んでいくことを、主は何よりも私に望んでおられる」ということでした。「共に歩む」「一緒に祈り合う」「よりそって生きる」ということ、小さい時からばくぜんと自分の中に与えられていたことですが、年を経るごとに、ますますそのすばらしさ、恵み、そして神様のみこころが私の中ではっきりとしてきました。このことをしっかりと心に留め、みことばを味わいつつ読み続け、養われ、与えられている家族、教会、信仰の友達と祈り合い、愛し合いながら、来年も歩んでいきたいと思います。そして私たちの姿と生き方を通し、イエス様の御名があがめられ、福音が宣べ伝えられていくといいなぁと祈らされます。
今年もたくさんの方々に心にかけていただき、祈りと多くの助けをいただきました。お一人お一人を通して、神様の愛と恵みを受けることができたことを感謝します。イエス様の恵みが、愛するすべての方々と共にありますように…。主の御名にのみ、栄光が限りなくありますよう祈りつつ、感謝して、2010年締めくくります。
今年は教会に牧師先生ご夫妻を迎え、2回もアメリカに行き、Jに背を抜かれ、大好きな、大事な方々とのなつかしい再会と交わり、また新しい出会いと交わりが与えられ、家族、教会の方々との交わりも豊かに、さらに深められた、とっても中身の濃い一年でした。
マイペースながらバイオリンのレッスンも続けられて、ちょっとバイオリンに近づけた感じがします。そしてますますバイオリンが大好きになりました。何をしていても、何かでバイオリンの音が聞こえてくると、ふっとそっちに全神経が集中する自分に、自分で思っていた以上にバイオリンが好きで、憧れていたんだなぁと気づきました。まだまだ道のりは遠いけど、イエス様と一緒に、大好きなバイオリン続けていきたいです。
ピアノでは、TCCで学んだことを実践する為のいろんな志が与えられて、楽しさ(とチャレンジ)が増しました。
20年ぶりにTCCに行き、在学中、オルガン設置前から話には聞いていたすばらしいパイプオルガンを見て、聴くことができたのも嬉しいことでした(学生時代に、あのオルガン弾いてみたかったなぁ〜と思わずにいられませんでしたが。)それと、アメリカでの教会訪問の時にも、すばらしいパイプオルガンの奏楽で讃美歌を歌い、とても嬉しかったです。やっぱりパイプオルガンは「楽器の王様」だなぁと実感。パイプオルガンのすばらしさを改めて感じました。
聖書通読、毎日のディボーション、そしていろんな本を読んで感動し、たくさんの恵みをいただきました。
好きな手芸も、ちまちまと何かしら作っていて、プレゼントにあげたり、自分の楽しみや息抜きになったり、良かったです。
そうそう、このクリスマスに我が家のメンバーになったハムスターの「ショコラ・チョコハム」ちゃん。だいぶ慣れてきて、かわいくてかわいくて、家族全員夢中になっています。やっぱり「毛もの」が家にいるといいなぁ〜♡忘れちゃいけない、Jのちっちゃなお魚のコッピーちゃんも、元気にしています。Jはほんとにかわいがって、よく面倒をみるので、我が息子ながら感心します。イエス様が育ててくださっていることを実感して、本当に感謝です。
今年の歩みを通して、神様から示され、教えられたことは、「私は主のもの。主が愛し、責任をとってくださる。その主を信頼して、小羊が羊飼いを見上げるように愛し、従い、共に歩んでいくことを、主は何よりも私に望んでおられる」ということでした。「共に歩む」「一緒に祈り合う」「よりそって生きる」ということ、小さい時からばくぜんと自分の中に与えられていたことですが、年を経るごとに、ますますそのすばらしさ、恵み、そして神様のみこころが私の中ではっきりとしてきました。このことをしっかりと心に留め、みことばを味わいつつ読み続け、養われ、与えられている家族、教会、信仰の友達と祈り合い、愛し合いながら、来年も歩んでいきたいと思います。そして私たちの姿と生き方を通し、イエス様の御名があがめられ、福音が宣べ伝えられていくといいなぁと祈らされます。
今年もたくさんの方々に心にかけていただき、祈りと多くの助けをいただきました。お一人お一人を通して、神様の愛と恵みを受けることができたことを感謝します。イエス様の恵みが、愛するすべての方々と共にありますように…。主の御名にのみ、栄光が限りなくありますよう祈りつつ、感謝して、2010年締めくくります。
Monday, December 27, 2010
冬休みの宿題
先週からJは冬休みに入りました。…と言っても、学校に行かないだけで、学校にいる時と同じペースで課題を進めていかなくてはならないので、今は「ホームスクール」をしているような感じです。(ちなみに、私たち親は「スーパーバイザー」で、勉強はJが自分で進めていきます。)テキストを進める勉強の他、今回の休みは「お料理する」という宿題があります。「家庭科」の内容ですが、自分の家で、親と一緒にお料理しながら、親子の交わりが深められるように…という、先生方の祈りとご配慮の行き届いた宿題。先週は「りんごの皮むき」の宿題をしました。特に私が何か教えることもなく、上手に器用に皮をむいて、りんごを食べさせてくれました。今日は、「ごはんとみそ汁を作る」宿題をしました。
ごはんとみそ汁を作るのも、「ごはんはなべで炊き、みそ汁はだしをとって」というもの。Jのサポートをしながら、私にもいい勉強になりました。かつおぶしでだしをとって、豆腐と油揚げと長ネギを入れたみそ汁は、まろやかな味の、とってもおいしいみそ汁でした。みそ汁より、なべで炊いたご飯がどうなるか、そっちの方が心配でしたが、忠実にテキスト通りにやってみたところ、とってもおいしく炊きあがりました♡「おかずを作る」というのは宿題ではなかったそうなので、Jのサポートをしつつ、おかずは私が簡単に作って、写真のような夕飯を食べました。
この宿題は、親がちゃんといろいろチェックしなくちゃいけないのが「宿題」らしいところ。その項目の中に「親の言うことを従順に聴き従う」という項目もあり、ママは目を光らしてましたが(笑)、Jの従順なこと、100点でした。おまけに「きちんと後片付けをする」のも宿題のうち。いつものお手伝いの時より念入りに、自分で食器洗いもして、ちゃんと布巾で拭いて、食器棚に片付けてくれました。
楽しかったね。また一緒にお料理しようね。今度はカレーライスでも作ろうかな…。そしてお片付けも、今日みたいにお願いね♪
…と、いろんな意味で(?)次回を楽しみにしているママでした。(^^;)
Wednesday, December 22, 2010
讃美歌と楽器の練習
久しぶりの更新です♪もうすぐクリスマスですね♡
最近、バイオリンの練習をしていて、あることを思い出しました。それは、「讃美歌の練習をすると、習っている曲もなんだかちょっとうまく弾けるようになる」ということ。
5歳からピアノを習い始めたのですが、一番の望み、願いは「奏楽者になること」でした。小さい頃から、言葉はわからないながらも「讃美歌」が大好きだったので、小学校低学年の頃から、讃美歌をオルガンで(当時は我が家にまだピアノがなくて、オルガンで練習していました)弾きたくて仕方なかったのです。
でも、讃美歌を弾くというのは、そう簡単なものではありません。讃美歌の楽譜通り、4声の和音で弾くことなんてできなかったけど、なぜかうちに、讃美歌を簡素化してある楽譜があって、まずそれにトライしたのでした。
当時、バイエルの上巻か下巻か、何を練習していたのか覚えていませんが、「簡素化した楽譜の讃美歌」を弾いてみるというのも、私にはかなり大きなチャレンジでした。でも弾きたくて弾きたくて、自分なりに指遣いを考えながら、一生懸命取り組み、練習したのを覚えています。そして、やっと弾けるようになった時の感動と喜び!忘れられません。そして、「いつか、本当に教会の礼拝で奏楽者になって、神様のご用の為に用いていただきたい」と心の底から思いました。(感謝なことに、神様はこの小さな祈りと願いを心に留め、私を奏楽者として奉仕する為に召してくださいました。)
そしてその後、自分が習っていた曲を練習したところ、なんだか前よりも弾けるようになっていたのです。ある程度、ピアノが弾けるようになってからは、そういうことを忘れてしまってましたが、最近またそういう経験をしました。
いくら練習しても、なかなか弾けるようにならないバイオリンの曲。気分転換に、クリスマスだし、讃美歌を弾いてみたいと思って、バイオリンで讃美歌の4つのパートをそれぞれ練習して、一人でいい気分にひたっていました。とは言え、練習曲ではない為、ポジション移動とか、弓の使い方とか、自分で考えないといけないので、かなり必死に考えて練習して、何も考えずに書いてある通りに「音階練習」をするより、よっぽどいい練習になったのかもしれません。
その後、またビバルディーの練習に戻ったところ、なんだかさっきまでとは違う感覚になっていることに気づきました。「上手になった」とは言えませんが、明らかに前よりも楽に、楽しく弾けるようになっていたのです。
「あ、そういえば、小さい頃、ピアノの練習でもこんな時があったなぁ。」と思い出しました。
イエス様を賛美して、それをイエス様が喜んで聴いてくださり、おまけにイエス様から何かプレゼントをいただいたような、そんな気がして、とても嬉しくなりました。
最近、バイオリンの練習をしていて、あることを思い出しました。それは、「讃美歌の練習をすると、習っている曲もなんだかちょっとうまく弾けるようになる」ということ。
5歳からピアノを習い始めたのですが、一番の望み、願いは「奏楽者になること」でした。小さい頃から、言葉はわからないながらも「讃美歌」が大好きだったので、小学校低学年の頃から、讃美歌をオルガンで(当時は我が家にまだピアノがなくて、オルガンで練習していました)弾きたくて仕方なかったのです。
でも、讃美歌を弾くというのは、そう簡単なものではありません。讃美歌の楽譜通り、4声の和音で弾くことなんてできなかったけど、なぜかうちに、讃美歌を簡素化してある楽譜があって、まずそれにトライしたのでした。
当時、バイエルの上巻か下巻か、何を練習していたのか覚えていませんが、「簡素化した楽譜の讃美歌」を弾いてみるというのも、私にはかなり大きなチャレンジでした。でも弾きたくて弾きたくて、自分なりに指遣いを考えながら、一生懸命取り組み、練習したのを覚えています。そして、やっと弾けるようになった時の感動と喜び!忘れられません。そして、「いつか、本当に教会の礼拝で奏楽者になって、神様のご用の為に用いていただきたい」と心の底から思いました。(感謝なことに、神様はこの小さな祈りと願いを心に留め、私を奏楽者として奉仕する為に召してくださいました。)
そしてその後、自分が習っていた曲を練習したところ、なんだか前よりも弾けるようになっていたのです。ある程度、ピアノが弾けるようになってからは、そういうことを忘れてしまってましたが、最近またそういう経験をしました。
いくら練習しても、なかなか弾けるようにならないバイオリンの曲。気分転換に、クリスマスだし、讃美歌を弾いてみたいと思って、バイオリンで讃美歌の4つのパートをそれぞれ練習して、一人でいい気分にひたっていました。とは言え、練習曲ではない為、ポジション移動とか、弓の使い方とか、自分で考えないといけないので、かなり必死に考えて練習して、何も考えずに書いてある通りに「音階練習」をするより、よっぽどいい練習になったのかもしれません。
その後、またビバルディーの練習に戻ったところ、なんだかさっきまでとは違う感覚になっていることに気づきました。「上手になった」とは言えませんが、明らかに前よりも楽に、楽しく弾けるようになっていたのです。
「あ、そういえば、小さい頃、ピアノの練習でもこんな時があったなぁ。」と思い出しました。
イエス様を賛美して、それをイエス様が喜んで聴いてくださり、おまけにイエス様から何かプレゼントをいただいたような、そんな気がして、とても嬉しくなりました。
Thursday, December 2, 2010
あっと言う間の6週間
今回の一時帰国は、10/18から12/3までの予定で、なんとあっと言う間に6週間が過ぎてしまいました。あまりにもいろいろありすぎたし、健康管理、体力保持もかなり大変で、ブログを更新するゆとりもなく過ごしました。最後の最後までいろいろあって、今回はほんとに嵐のようです。
最初の3週間、ニュージャージー州のミッショナリー・ホームで過ごした時も、後半、Kevinの実家に戻って過ごした3週間も、それぞれに思い出深い、また神様の恵みと憐れみをたくさんいただいた日々でした。そして、日本にいるとなかなか見ることのできない景色、なつかしい人達との交わり、また実家のワン&ニャンに癒されました。すごく忙しくて走り回っていた感じだったけど、でも楽しい6週間でした。
明日はいよいよ日本へ戻る飛行機に乗ります。今日も一日たくさんのことをしなければならず大変ですが、神様の恵みと力、知恵に満たされて過ごせますように祈りながら、最後の一日過ごします。そして、「待ってるよ〜♡」と、メールをくださった愛する兄弟姉妹と、また共に礼拝をささげ、主にある交わりを持つことを楽しみに、日本に帰りたいと思っています。
祈りに覚えてくださった皆さん、どうもありがとうございました。こちらでの様子、日本に帰ってから交わりの中で分かち合いますね。
最初の3週間、ニュージャージー州のミッショナリー・ホームで過ごした時も、後半、Kevinの実家に戻って過ごした3週間も、それぞれに思い出深い、また神様の恵みと憐れみをたくさんいただいた日々でした。そして、日本にいるとなかなか見ることのできない景色、なつかしい人達との交わり、また実家のワン&ニャンに癒されました。すごく忙しくて走り回っていた感じだったけど、でも楽しい6週間でした。
明日はいよいよ日本へ戻る飛行機に乗ります。今日も一日たくさんのことをしなければならず大変ですが、神様の恵みと力、知恵に満たされて過ごせますように祈りながら、最後の一日過ごします。そして、「待ってるよ〜♡」と、メールをくださった愛する兄弟姉妹と、また共に礼拝をささげ、主にある交わりを持つことを楽しみに、日本に帰りたいと思っています。
祈りに覚えてくださった皆さん、どうもありがとうございました。こちらでの様子、日本に帰ってから交わりの中で分かち合いますね。
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