今回、聖書を読みながら新たに悟ったことがあります。それは、罪を犯す前でも、人が神の目に良くない時があったということです。それはアダムが独りだった時でした。それで神はエバを創造されました。すると神の目にとても良く見えました。独りではさほど良く見えなかったのに、二人が合わさるととても良く見え、100点になったのです。
人は誰でも1人では完全ではありません。しかし、「私たち」なら完全になることができます。私の目に映る多くの人の点数は95点なのですが、そこに私の5点だけを補えば、私たちは神の目にとても良いものとなるのです。3人が合わさって100になることはもっと易しいことです。
しかし実情は、その反対の場合が多いのです。人が多くなれば多くなるほど、100点を取ることが難しくなります。それは、私たちが合わさって100点を取ろうとするより、各々が100点を取ろうとするからです。お前は30点足りない、お前は15点足りない。45点も足りないお前が、どうやってその仕事ができるのか、となじるからです。こうなるとお互いに苦しくなります。知恵のなかった時は、出会う人ごとに100点を強要しました。その人の点数が95点でも、残りの5点を埋めて100点を取れと言うのです。絶え間なくその5点を指摘し、批判しました。その足りない部分が、私の足りなさだとは思わなかったのです。それを私が埋めて、100点にしようとは考えなかったのです。
今、秘訣がわかりました。私たちは私たち独りでは100点を取ることのできない存在です。しかし、人が多ければ多いほど、100点を取ることは易しくなります。これはどれだけ楽しく、幸せなことでしょうか。合わせて100点ならば幸せなのです。
「パイプ幸福論」/チョー・ヒョンサム
Saturday, July 18, 2009
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