Wednesday, July 15, 2009

<クリスチャンの香り>

造花は偽物の花です。しかし、造花は生花よりずっと派手で誘惑的です。本物より本物のように見えるのに、偽物です。造花が生花よりきらびやかで美しく見える理由が、そこにあります。造花には香りがありません。香りはいのちあるものの、密かな自己表現だからです。香りはそれらを生き生きとさせ、まばゆい生命力を存分に謳歌する者たちの持つものです。

ところが香りは、香りを放つ場所を選んだり、制限したりはしません。気に入らない人には香りを放たない、ということはありません。このことは、私たちが人や場所を選ぶことなく、香りを放つべきであることを意味します。ちょうど太陽の光が、良い人にも悪い人にも分け隔てなく照らすのと同じようなものです。

しかし私たちは、誰にでも同じように香りを放ちたくない、という誘惑にかられる時があります。もちろん自分を非難し、そしる人に香りを放つことは、決してやさしいことではありません。

しかし、香りの木は、自分を切り落とす斧の刃にさえ香りを放ちます。それは困難なことです。しかし、困難を乗り越えることこそが、香りを放つ美しさです。聖書は、私たちがキリストの香りを放つべきであると語っています。もし、私たちが香りの木のように、自分を切り落とす斧の刃にさえ香りを放ち、その凶器を香りに変えることができるなら、その小さな香りが広がったこの世は、どれほど美しいことでしょう。また、どれほどよい香りになることでしょう。

「香り高き世」/イ・スンウ

No comments: