息子ジョエルが12歳の時、私達はグランド・キャニオンにハイキングに行きました。この峡谷は私が一番好きな場所であり、見る度に驚きに目をみはり、夢中になります。何度見ても飽きないところです。ハイキングの最後の日の夜に、私達は薫製のソーセージ、チーズ、クラッカーを食べながら、峡谷の最も眺めの良い場所に座って、沈みゆく太陽を見ていました。峡谷にかかった夕陽が見せる雄大な色彩の変化は、まるで目で見るフーガ音楽のようでした。
その時ジョエルが峡谷を指差しながら、体をこちらに向けて友人と私に言いました。「世界でこれほどまでに神の栄光を現しているところはないでしょう!」まさに私の胸に込み上げていた感情とびったりの表現をしてくれました。私は言いました。「あるのだよ、ジョエル。これよりももっと神の栄光をよく現すものが。」ジョエルは反論したそうにしながら目を見開きました。「どこなの、お父さん。」私は息子を指差して「ここだよ。おまえだよ。」と言いました。「この峡谷全部でも、おまえとは比べ物にならないんだ。どんな峡谷、川、山、海でも、おまえや他の人間より神の威厳をもっと現しているものはないのだよ。」
友よ。あなたはあの壮大なグランド・キャニオンよりももっと壮大なのです。あなたは神の御手で造られ、イエス・キリストを除いて、神の最も大きな喜びと恵みの存在なのです。このように自分自身を見ることが、あなたを造られた神に対して謙虚になる方法です。鏡を見ながら大声で言ってみましょう。「私を大切なものとして素晴らしく造ってくださった神を賛美します。私は神のすてきな作品です。主よ!」
私は日々喜んで/ベン・ピーターソン
Tuesday, March 10, 2009
Thursday, March 5, 2009
調弦
昨日のレッスンの時、初めて自分で「調弦」をしました。
家で練習する時はいつも、チューナーがあるのでそれを使って調弦しています。そしてレッスンの時は、先生が調弦してくださって、それからレッスンが始まります(今までは)。
でも昨日は、「じゃ、バイオリンの調弦から始めましょうか。」と一言。「へ?今日は自分で調弦するの?!」一瞬ポケッとしてしまいました…(-_-;) そして怖々A線を弾いて調弦開始。
「自分で」と言っても、そんな簡単に調弦できるわけはなく、もちろん先生が「もっと高く」とか「ちょっと低めですね」とか声をかけてくださって、それに合わせてバイオリンを弾きながら、左手でベグを回して音の調整をするんですが、それがまた難しいんですよね。それに、2つの弦を一緒に弾いて和音にするのも、なかなかうまく和音にならなかったり、きれいな音が出なければ調弦できません。同じ五度の和音も、ピアノの五度と弦の五度は違います。合った時には「お!」と思うけれど、その瞬間を逃してしまうと大混乱〜!うまくペグやE線のアジャスターが回ってくれなかったり、レッスン前から大汗かいてしまいました。
それに、レッスンの部屋においてあるピアノはA=442で調律してあって、うちではA=440で合わせていたので、自分が慣れている音よりも高いため、なおさら「あれ???」という感じでしたが、やっぱり自分でやってみると勉強になるなぁと痛感しました。前から、レッスンに行くと「?」と思っていたんだけれど(ピアノが440で調律されていると信じ込んでいたので)、その原因もわかってすっきりしました。(…って、このへんがいい加減で、ちゃんと音を追求しない私よね。。。と苦笑いですが。)
昔から、耳のいい弟や親友に対し、あまり耳の鋭くない私はいつもひけめを感じていました。その劣等感?がまたムクムクッと出てきて、「ピアノの響きと弦の響きって違うし、難しいですね…。」と弱腰の私に、先生の元気な一言。「そうですね。でも大丈夫!慣れですよ、慣れ。だんだんわかって感じるようになりますから!」
いつもながら先生の元気な一言に励まされ、音階練習も課題の曲もちゃんとできて◎!ようやく次に進むことができました♪
今日の練習の時は、初めからチューナーに頼るのでなく、AとD、DとG、AとEの五度の和音を弾いて、その響きを聴いて、(チューナーの助けも借りながら)調弦してみました。先生に言われたように、ちょっとペグを緩めて、音の合わないところから、ペグを調節して五度の響きを探して…。「お?」と思って、そのままチューナーでも合わせてみたら、合ってました!前の先生にも言われたし、実際そう思うけど、五度の和音で合った時って、ピタッと合った何かを感じるんですよね。嬉しかったなぁ。
だんだん慣れていって、だんだんわかっていって…というプロセスは、時にうんざりしたり、さっさとわかるようになりたい!って焦ったり、嫌になったりしやすいものです。でもやっぱり「継続は力なり」だし、慣れていくプロセスって大事ですね。そして何かを見つけ、聴き取り、感じるプロセスの中で「喜び」を見いだした時の嬉しさが、「続ける力」になるんだなぁと思います。調子いい時、悪い時もありますが、「だんだん」というプロセスと、その中でこそ得られる喜びを大切に、これからも楽しくがんばろ〜!と思いました。
家で練習する時はいつも、チューナーがあるのでそれを使って調弦しています。そしてレッスンの時は、先生が調弦してくださって、それからレッスンが始まります(今までは)。
でも昨日は、「じゃ、バイオリンの調弦から始めましょうか。」と一言。「へ?今日は自分で調弦するの?!」一瞬ポケッとしてしまいました…(-_-;) そして怖々A線を弾いて調弦開始。
「自分で」と言っても、そんな簡単に調弦できるわけはなく、もちろん先生が「もっと高く」とか「ちょっと低めですね」とか声をかけてくださって、それに合わせてバイオリンを弾きながら、左手でベグを回して音の調整をするんですが、それがまた難しいんですよね。それに、2つの弦を一緒に弾いて和音にするのも、なかなかうまく和音にならなかったり、きれいな音が出なければ調弦できません。同じ五度の和音も、ピアノの五度と弦の五度は違います。合った時には「お!」と思うけれど、その瞬間を逃してしまうと大混乱〜!うまくペグやE線のアジャスターが回ってくれなかったり、レッスン前から大汗かいてしまいました。
それに、レッスンの部屋においてあるピアノはA=442で調律してあって、うちではA=440で合わせていたので、自分が慣れている音よりも高いため、なおさら「あれ???」という感じでしたが、やっぱり自分でやってみると勉強になるなぁと痛感しました。前から、レッスンに行くと「?」と思っていたんだけれど(ピアノが440で調律されていると信じ込んでいたので)、その原因もわかってすっきりしました。(…って、このへんがいい加減で、ちゃんと音を追求しない私よね。。。と苦笑いですが。)
昔から、耳のいい弟や親友に対し、あまり耳の鋭くない私はいつもひけめを感じていました。その劣等感?がまたムクムクッと出てきて、「ピアノの響きと弦の響きって違うし、難しいですね…。」と弱腰の私に、先生の元気な一言。「そうですね。でも大丈夫!慣れですよ、慣れ。だんだんわかって感じるようになりますから!」
いつもながら先生の元気な一言に励まされ、音階練習も課題の曲もちゃんとできて◎!ようやく次に進むことができました♪
今日の練習の時は、初めからチューナーに頼るのでなく、AとD、DとG、AとEの五度の和音を弾いて、その響きを聴いて、(チューナーの助けも借りながら)調弦してみました。先生に言われたように、ちょっとペグを緩めて、音の合わないところから、ペグを調節して五度の響きを探して…。「お?」と思って、そのままチューナーでも合わせてみたら、合ってました!前の先生にも言われたし、実際そう思うけど、五度の和音で合った時って、ピタッと合った何かを感じるんですよね。嬉しかったなぁ。
だんだん慣れていって、だんだんわかっていって…というプロセスは、時にうんざりしたり、さっさとわかるようになりたい!って焦ったり、嫌になったりしやすいものです。でもやっぱり「継続は力なり」だし、慣れていくプロセスって大事ですね。そして何かを見つけ、聴き取り、感じるプロセスの中で「喜び」を見いだした時の嬉しさが、「続ける力」になるんだなぁと思います。調子いい時、悪い時もありますが、「だんだん」というプロセスと、その中でこそ得られる喜びを大切に、これからも楽しくがんばろ〜!と思いました。
老人ホーム訪問
この2つの絵は、Jの作品(?)です。歌った歌の歌詞に合わせて、そのイメージを絵にしたのだとか。ちょ〜っと笑いをさそうという意図もあったようですが、Jがササッと描いて、お友達も一緒に色を塗ってくれたそうな。前日に、「Jが歌に合わせて絵を描いたんだよ。」と聞いたので、「じゃあ、訪問が終わったら、その絵を家に持ち帰ってママに見せてよ。」と頼んでおいたら、ちゃんと持って帰ってきてくれました。大体話や様子は聞いていたけど、思わずふきだしてしまいました。でも上手〜。親ばかなママはすっかり感心してしまい、ぜひ皆さんにもお見せしたくて、ブログにアップしたわけです。
老人ホーム、最初行ってみたら2人だけで、Jは「あれ?2人だけ?」とちょっとガクッとしたそうです。でも歌っている間に、6人になり、人数が増えてきて、20人くらいになって、大にぎわいだったようです。ホームの職員さんが、「いつもはね、歌っている途中に部屋に帰ってしまうおじいちゃん、おばあちゃんもいるんですよ。でも今日は、みんな最後まで部屋に帰らず、喜んで聞いていたみたいです。良かった。」と言ってくださったそうで、Jもとても嬉しそうでした。
最後、おじいちゃん、おばあちゃん達と握手をしたら、あるおばあちゃんがJの手をなかなか離してくれなくて、ちょっと困っちゃった…とも言ってました。でも、ママはそれを聞いて、そのおばあちゃんがJ達が訪問したことを、どんなに嬉しく思い、楽しいひとときを過ごしたのかな、もしかして、自分の子供の小さい頃や、孫、ひ孫のことを思い出していたのかもしれない…と思って、目頭が熱くなってしまったのでした。イエス様の愛を、こうしていろんな人と分かち合うことができて、Jにも学校の子供達にもすばらしい恵みの時となったことでしょう。
PS:音楽はブログにアップできないけど、絵や何かの作品は写真でブログに載せられるので、これからもアップしていこうかな〜と、新しく「ギャラリー」というカテゴリーを作りました。うちのJ画伯の作品や、時にはKevinの作ったもの、私の作ったものなんかをご紹介していきたいと思います。乞うご期待〜(?)(^-^)ノ
Friday, February 27, 2009
<約束の箱>
説教者として名声を轟かせたドナルド・グレイ・バーンハウス博士は、学生時代フランスに住んでいました。彼の家の夕食には、小さな約束の箱というものが、いつも置かれていました。その中には、聖書から引き抜いた200余りの約束のみことばが入っていました。彼の家族は、特別な慰めが必要な時、その中から1つを選んで読みました。バーンハウスが福音を伝えたフランスの少女がいました。その少女はバーンハウスの家によく遊びに来て、バーンハウスの家族が箱の中から聖書のみことばを引いて読む姿を見て、自分も約束の箱を作りました。
時が流れ、大人の女性に成長したその少女は、世界大戦の中で窮地に追い込まれました。食べる物と言えばじゃがいもの皮が唯一で、子供達は骨だけの状態でした。絶望に陥った女性は、自分が作った約束の箱を見つめてこう言いました。「ああ、主よ。私達を助けてください。この箱の中に本当に私達の為の約束が入っているのでしょうか。」
手を伸ばして箱を掴もうとした女性は、涙で前が見えず、そのまま箱をひっくり返してしまいました。約束のみことばが周りにどさっとこぼれ落ちました。彼女の膝の上にも、地面にも、あたり一面みことばで埋め尽くされました。まさにその瞬間に、女性は1つの重要な事実に気がつきました。箱の中のみことばで、彼女が引いた1つのみことばだけではなく、神のすべての約束が自分に有効であるということです。その後、女性は言葉に表せない喜びと力を得て、絶望的な瞬間にも、神の約束にしっかりと信頼することができました。
生命力あるクリスチャンの人生/デイビッド・ジェレマイヤー
*一節の黙想:マルコの福音書16:2-3*
教会の使命、すなわち全世界に福音を伝えるということには、大きな問題が伴います。それはどれ1つとっても簡単なことではありません。人間的な頑なさ、病気、危険、孤独、罪、欲、教会の争いと堕落といった現実を前に、少数の宣教師達に何ができるのかと思えます。しかし私達は、復活の聖日の女性達のように、イエスへの愛と感謝の気持ちで進み行き、大きな障害物を神にゆだねなければなりません。
ーグラント・オズボーン/聖書注釈家
時が流れ、大人の女性に成長したその少女は、世界大戦の中で窮地に追い込まれました。食べる物と言えばじゃがいもの皮が唯一で、子供達は骨だけの状態でした。絶望に陥った女性は、自分が作った約束の箱を見つめてこう言いました。「ああ、主よ。私達を助けてください。この箱の中に本当に私達の為の約束が入っているのでしょうか。」
手を伸ばして箱を掴もうとした女性は、涙で前が見えず、そのまま箱をひっくり返してしまいました。約束のみことばが周りにどさっとこぼれ落ちました。彼女の膝の上にも、地面にも、あたり一面みことばで埋め尽くされました。まさにその瞬間に、女性は1つの重要な事実に気がつきました。箱の中のみことばで、彼女が引いた1つのみことばだけではなく、神のすべての約束が自分に有効であるということです。その後、女性は言葉に表せない喜びと力を得て、絶望的な瞬間にも、神の約束にしっかりと信頼することができました。
生命力あるクリスチャンの人生/デイビッド・ジェレマイヤー
*一節の黙想:マルコの福音書16:2-3*
教会の使命、すなわち全世界に福音を伝えるということには、大きな問題が伴います。それはどれ1つとっても簡単なことではありません。人間的な頑なさ、病気、危険、孤独、罪、欲、教会の争いと堕落といった現実を前に、少数の宣教師達に何ができるのかと思えます。しかし私達は、復活の聖日の女性達のように、イエスへの愛と感謝の気持ちで進み行き、大きな障害物を神にゆだねなければなりません。
ーグラント・オズボーン/聖書注釈家
さむ〜い一日☃
今日は寒い!
首都圏では、この冬一番の寒さだとか。で、なんと一時雪が降りました☃もちろん積もるほどではなく、あっと言う間に、また雨に変わりましたが、久々の雪は、北国育ちの私にはなんとなくなつかしい風景でした。
午後になって、いつもの注射で病院に行きました。教会のHさんから7年くらい前にいただいた、とってもあったかいコートを来て(「今年の冬は、もう着なくていいかも…。」と思っていたけど)、茶色のクマさんのようになって、ほくほくと歩いていきました。
病院の中も、玄関のドアの開閉でさむいさむい…。
注射が終わって、会計の順番を待っていた時、その寒さを吹き飛ばすような一言が聞こえてきました。
「孫が、車で迎えに来てくれるんだ!」と、どこかのおじいちゃんの声。
嬉しくて、誇らしげで、はちきれんばかりの笑顔と、幸せそうな一声に、なんだか心の中がぽっとあたたかくなりました。「そりゃあ嬉しいよね、おじいちゃん!いいお孫さんですね!」と、話しかけたかったけど、それはしないで、心の中で言いました。ず〜っと前に亡くなったじいちゃんが、よく私達孫の自慢をして嬉しそうにしていた顔を、ふと思い出してなつかしくなりました。
寒い一日の中の、暖炉のようなひとときでした。
首都圏では、この冬一番の寒さだとか。で、なんと一時雪が降りました☃もちろん積もるほどではなく、あっと言う間に、また雨に変わりましたが、久々の雪は、北国育ちの私にはなんとなくなつかしい風景でした。
午後になって、いつもの注射で病院に行きました。教会のHさんから7年くらい前にいただいた、とってもあったかいコートを来て(「今年の冬は、もう着なくていいかも…。」と思っていたけど)、茶色のクマさんのようになって、ほくほくと歩いていきました。
病院の中も、玄関のドアの開閉でさむいさむい…。
注射が終わって、会計の順番を待っていた時、その寒さを吹き飛ばすような一言が聞こえてきました。
「孫が、車で迎えに来てくれるんだ!」と、どこかのおじいちゃんの声。
嬉しくて、誇らしげで、はちきれんばかりの笑顔と、幸せそうな一声に、なんだか心の中がぽっとあたたかくなりました。「そりゃあ嬉しいよね、おじいちゃん!いいお孫さんですね!」と、話しかけたかったけど、それはしないで、心の中で言いました。ず〜っと前に亡くなったじいちゃんが、よく私達孫の自慢をして嬉しそうにしていた顔を、ふと思い出してなつかしくなりました。
寒い一日の中の、暖炉のようなひとときでした。
Monday, February 23, 2009
成長期
昨日の夜ご飯の時のこと。
日曜の夕食は、教会の後なので、たいていどっぷり疲れ果て、夕食の準備は簡単なものにするか、または何か注文したり、おかずを買ってきたり…という感じで済ませることが多いです。または、土曜日に余裕があれば、カレーとか、シチューとか、次の日も食べられるものを多めに作っておくとか。あ、そうそう、教会のお昼がカレーライスの時は、教会の熟練主婦の皆さんの作ったおいしいカレーの残りを、いつも「はい、これ、かおりさん達の夕食ね!」と、持たせてくださるので、それをまた食べたり、ほんとに、みんなに心にかけていただいて、助かってます。
で、昨日の教会のお昼は、教会で準備するお昼でなく、「お弁当」で、自分で準備する昼食でした。それぞれに、お弁当を作って持ってきたり、そばのコンビニで買ったりして、わいわいと食べています。うちは、もちろんコンビニご飯(情けないけど、土曜日フル稼働で礼拝の準備をし、日曜の朝に3人分の弁当を作り、その上また礼拝でフルで奉仕するエネルギーなど、私にはございません(-_-;)。その時、夕食のおかずになるようなものも買って、家に持ち帰りました。
大好きな中華サラダに、スパゲティーサラダを買って、タンパク質は、生協の「ミートボール」のパックをあたため、豆サラダと、自分で作った豆腐と大根のお味噌汁。
ミートボールは、ほんとに一口サイズの小さいもの。2袋開けて、計16個でした。で、3人で分けたわけですが、KevinとJは5個ずつ。私は3つで、みそ汁に、豆腐をいっぱい入れました。あとの3つは、月曜日のJのお弁当のおかずにしようと思って、そのまま台所のカウンターに残しておいたのです。
お祈りして、「いただきま〜す」と食べ始めたら、Jが、ご飯にかけるふりかけを取りに、キッチンに行きました。そして戻ってきたら一言。「ママ、キッチンにまだ、ミートボールが3つ残っていたけど、食べてもいい?」と、フォークに、ミートボールを一個刺して、持ってきました。
「え?食べるのはいいけど、5個じゃ足りないの?」
「だって、ミートボール、小さいよ。もっと食べたい。」
「じゃあ、いいよ。全部食べてしまえ。」
と、キッチンのカウンターに、明日のお弁当用に残しておいたミートボールも持ってきて、Jにあげました。
いくら小さいとは言え、最初の5個+弁当分の3個のミートボール、みそ汁、ご飯、2種類のサラダもペロっと食べて、満足した様子。はぁ〜、よく食べたねぇ…。
それを見ていて、つくづく、「まだまだ小さいと思っていたけど、Jもほんとに成長期に入ってきたんだなぁ…。」と実感したママでした。今年は13歳になるし、いよいよティーンエイジャーだものね。毎朝、寝癖で爆発している(?)髪の毛を、私がくしで整えてあげるのですが、最近、毎週月曜の朝になると、「あれ?なんか、先週より頭の位置が、心持ち高いみたい。」と思うようになりました。まだ私の方が背は高いけど、そのうち、昔弟に背を抜かされたことの再現の日が、間近に迫ってきているんだろうなぁ。。。と、カウントダウンしている感じです。
「成長」と言えば、今日は、Sちゃん(男の子)の19歳の誕生日。生後2ヶ月ちょっとから、Sちゃんのお母さんが働いている間、うちの母が、うちでベビーシッターをしました。ちょうど私はTCCを卒業して、母教会のスタッフとして働き始め、家で両親と一緒にいたので、赤ちゃんのSちゃんを、母と一緒にお世話しました。おむつを替えたり、ミルク、離乳食をあげたり、一緒に遊んだり、Sちゃんも私をとっても好きになってくれて、私と一緒に、どこにでも行き、ほんとにほんとにかわいくて、楽しくて、Sちゃんとその時の思い出は、私の宝物です。
Kevinと結婚して、アメリカに行く時、パパ、ママ、弟と離れることも悲しかったけど、それ以上に辛かったのが、Sちゃんと離れることでした。アメリカに行く日の朝、新幹線に乗って出かける私を、満面の笑顔で、見送ってくれたSちゃんの顔、今も忘れられません。アメリカに行ってから、外で遊んでいる時に、空に飛行機が飛んでいるのを見ると、「お〜い、かおりちゃ〜ん、Kevin兄ちゃ〜ん!」と、大声で叫んで、手を降ってくれていたそう。小さいSちゃんからもらった手紙や、プレゼント、写真は、大事に聖書の中にはさんでいます。
とっくの昔に、私の背を追い越し、今は、私をおんぶできるくらいのたくましい男の子になったSちゃん。でも中身はあの時のまま、実家に戻るたび、必ずうちに会いに来てくれて、Jのこともかわいがってくれます。Sちゃんも、弟のKも、イエス様を信じることができますように、お父さん、お母さんも、みんなで神様の家族になれますように…ずっと祈り続けているこの祈り。神様がいつかなえてくださるのかなぁって、とっても楽しみです。
2月は、20日がキキの誕生日。23日がSちゃん、25日がSちゃんの弟K、そして27日は、アメリカで2年以上、生後5ヶ月から2歳までベビーシッターしたSの誕生日。しかも、キキと、KとSの2人と1匹は、同じ年生まれなのです。Kは、私が結婚してから生まれたので、赤ちゃんの時はお世話できなかったけど、SちゃんとSをベビーシッターしたことは、後に、アメリカで出産、育児をする私に、いろんな備えをさせる為、イエス様が与えてくださった恵みでした。そうでなかったら、Jを育てることは、ほんとに大変だっただろうけど、おかげさまで、成長の道筋が見えていたので、いろんな時、悩みつつも、祈りながら、どこかのんびりと安心して、赤ちゃんのJを育てることができたなって思います。
Sちゃん、お誕生日おめでとう!K、Sも、お誕生日おめでとう!生まれてきてくれてありがとう!イエス様、みんなのいのちをありがとう!イエス様を信じる信仰へと、この大事な子供達を、必ず導いてください。。。Jも甥、姪も、教会の子供達も、ベビーシッターをしたり、ピアノを教えたりしてきた子供達も、Jのお友達も、その家族も、みんなみんな、イエス様によって、神様の家族になれますように。。。
日曜の夕食は、教会の後なので、たいていどっぷり疲れ果て、夕食の準備は簡単なものにするか、または何か注文したり、おかずを買ってきたり…という感じで済ませることが多いです。または、土曜日に余裕があれば、カレーとか、シチューとか、次の日も食べられるものを多めに作っておくとか。あ、そうそう、教会のお昼がカレーライスの時は、教会の熟練主婦の皆さんの作ったおいしいカレーの残りを、いつも「はい、これ、かおりさん達の夕食ね!」と、持たせてくださるので、それをまた食べたり、ほんとに、みんなに心にかけていただいて、助かってます。
で、昨日の教会のお昼は、教会で準備するお昼でなく、「お弁当」で、自分で準備する昼食でした。それぞれに、お弁当を作って持ってきたり、そばのコンビニで買ったりして、わいわいと食べています。うちは、もちろんコンビニご飯(情けないけど、土曜日フル稼働で礼拝の準備をし、日曜の朝に3人分の弁当を作り、その上また礼拝でフルで奉仕するエネルギーなど、私にはございません(-_-;)。その時、夕食のおかずになるようなものも買って、家に持ち帰りました。
大好きな中華サラダに、スパゲティーサラダを買って、タンパク質は、生協の「ミートボール」のパックをあたため、豆サラダと、自分で作った豆腐と大根のお味噌汁。
ミートボールは、ほんとに一口サイズの小さいもの。2袋開けて、計16個でした。で、3人で分けたわけですが、KevinとJは5個ずつ。私は3つで、みそ汁に、豆腐をいっぱい入れました。あとの3つは、月曜日のJのお弁当のおかずにしようと思って、そのまま台所のカウンターに残しておいたのです。
お祈りして、「いただきま〜す」と食べ始めたら、Jが、ご飯にかけるふりかけを取りに、キッチンに行きました。そして戻ってきたら一言。「ママ、キッチンにまだ、ミートボールが3つ残っていたけど、食べてもいい?」と、フォークに、ミートボールを一個刺して、持ってきました。
「え?食べるのはいいけど、5個じゃ足りないの?」
「だって、ミートボール、小さいよ。もっと食べたい。」
「じゃあ、いいよ。全部食べてしまえ。」
と、キッチンのカウンターに、明日のお弁当用に残しておいたミートボールも持ってきて、Jにあげました。
いくら小さいとは言え、最初の5個+弁当分の3個のミートボール、みそ汁、ご飯、2種類のサラダもペロっと食べて、満足した様子。はぁ〜、よく食べたねぇ…。
それを見ていて、つくづく、「まだまだ小さいと思っていたけど、Jもほんとに成長期に入ってきたんだなぁ…。」と実感したママでした。今年は13歳になるし、いよいよティーンエイジャーだものね。毎朝、寝癖で爆発している(?)髪の毛を、私がくしで整えてあげるのですが、最近、毎週月曜の朝になると、「あれ?なんか、先週より頭の位置が、心持ち高いみたい。」と思うようになりました。まだ私の方が背は高いけど、そのうち、昔弟に背を抜かされたことの再現の日が、間近に迫ってきているんだろうなぁ。。。と、カウントダウンしている感じです。
「成長」と言えば、今日は、Sちゃん(男の子)の19歳の誕生日。生後2ヶ月ちょっとから、Sちゃんのお母さんが働いている間、うちの母が、うちでベビーシッターをしました。ちょうど私はTCCを卒業して、母教会のスタッフとして働き始め、家で両親と一緒にいたので、赤ちゃんのSちゃんを、母と一緒にお世話しました。おむつを替えたり、ミルク、離乳食をあげたり、一緒に遊んだり、Sちゃんも私をとっても好きになってくれて、私と一緒に、どこにでも行き、ほんとにほんとにかわいくて、楽しくて、Sちゃんとその時の思い出は、私の宝物です。
Kevinと結婚して、アメリカに行く時、パパ、ママ、弟と離れることも悲しかったけど、それ以上に辛かったのが、Sちゃんと離れることでした。アメリカに行く日の朝、新幹線に乗って出かける私を、満面の笑顔で、見送ってくれたSちゃんの顔、今も忘れられません。アメリカに行ってから、外で遊んでいる時に、空に飛行機が飛んでいるのを見ると、「お〜い、かおりちゃ〜ん、Kevin兄ちゃ〜ん!」と、大声で叫んで、手を降ってくれていたそう。小さいSちゃんからもらった手紙や、プレゼント、写真は、大事に聖書の中にはさんでいます。
とっくの昔に、私の背を追い越し、今は、私をおんぶできるくらいのたくましい男の子になったSちゃん。でも中身はあの時のまま、実家に戻るたび、必ずうちに会いに来てくれて、Jのこともかわいがってくれます。Sちゃんも、弟のKも、イエス様を信じることができますように、お父さん、お母さんも、みんなで神様の家族になれますように…ずっと祈り続けているこの祈り。神様がいつかなえてくださるのかなぁって、とっても楽しみです。
2月は、20日がキキの誕生日。23日がSちゃん、25日がSちゃんの弟K、そして27日は、アメリカで2年以上、生後5ヶ月から2歳までベビーシッターしたSの誕生日。しかも、キキと、KとSの2人と1匹は、同じ年生まれなのです。Kは、私が結婚してから生まれたので、赤ちゃんの時はお世話できなかったけど、SちゃんとSをベビーシッターしたことは、後に、アメリカで出産、育児をする私に、いろんな備えをさせる為、イエス様が与えてくださった恵みでした。そうでなかったら、Jを育てることは、ほんとに大変だっただろうけど、おかげさまで、成長の道筋が見えていたので、いろんな時、悩みつつも、祈りながら、どこかのんびりと安心して、赤ちゃんのJを育てることができたなって思います。
Sちゃん、お誕生日おめでとう!K、Sも、お誕生日おめでとう!生まれてきてくれてありがとう!イエス様、みんなのいのちをありがとう!イエス様を信じる信仰へと、この大事な子供達を、必ず導いてください。。。Jも甥、姪も、教会の子供達も、ベビーシッターをしたり、ピアノを教えたりしてきた子供達も、Jのお友達も、その家族も、みんなみんな、イエス様によって、神様の家族になれますように。。。
Friday, February 20, 2009
キキの誕生日
ねこの15歳は、正確に、人間の何歳くらいなんでしょうね。85歳とか、90歳とか…?キキの生活って、ねことしては波瀾万丈の日々だにゃあ。。。
生後2ヶ月で、ペットショップで売られていたキキ。「ねこを買いに行こう」と、Kevinに連れられて行ったペットショップで、まだ2ヶ月だったキキに会いました。ほんとは茶トラのオスが欲しいと思って行ったのに、キキを見た途端に「この子だ!」と決定。いろいろ準備があって、次の日に、会社の帰りにKevinがペットショップでキキを引き取り、家に連れて帰ってきたのでした。Jが生まれる2年前のことでした。
その後、Jが生まれ、宣教師になって日本に来る為に、アメリカ中を旅行しての「サポート・ディスカバリー」が始まって、キキはお留守番ばっかりさせられ、その後はなんと、飛行機に乗って、キキも日本へ。日本に来てからも、2年に1回は私達がアメリカに戻るので、その間、いつもお留守番(良いご近所の方々に恵まれて、ほんとに感謝です)。引っ越しも4回。1993年6月〜1994年3月まで一時帰国の時は、Iさんご夫妻がキキと一緒に住んでくれて、留守中の家守をしてくださり、去年4月〜8月に一時帰国の時は、私の両親のもとでお世話になって…。なんだかほんとに、「キキ、苦労かけるねぇ。」という感じですが、その時々にお世話してくださった皆さん、近所、教会の皆さんに、ほんとにお世話になったし、かわいがってもらったし、愛をたくさん受けられて、感謝だなぁ〜って思います。
最近、「キキも年取ったなぁ。。。」と思うことが多いけれど、ずっと元気に楽しく過ごせるといいね…、イエス様、キキを守ってください、と祈らされます。人間と同じで、年とって、なおさら甘えん坊になったようなキキ。甘えたくなると、私やKevinに「抱っこ〜」と寄ってきて、ごろごろと喉を鳴らして喜んで、安心している様子は、「私も、イエス様にこうやって抱っこしてもらおう」という思いにさせてくれるし、「メリーさんの羊」のごとく、私やKevinの後をついて来るキキを見ると、「良い牧者なるイエス様にぴったりくっついていること」を思い出させてくれるし、キキの存在は本当に、我が家の宝物です!
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