怠け者のクリスチャンは祈りません。では、怠け者のクリスチャンというのはいるのでしょうか。祈らないクリスチャンというのはいるのでしょうか?クリスチャンの冠と神の御国が小さくなることがありえるでしょうか。臆病な軍人というのはいるのでしょうか。聖徒に見える偽善者というのはいるのでしょうか。慈悲深い悪があるのでしょうか。このような不可能が可能になった時、祈らないクリスチャンも存在しえるのです。
祈るふりをすることは難しくありません。静かに品良く祈ることも難しくありません。しかし、地獄に莫大なダメージを与えるまで、ぶ厚い鉄の扉が開かれるまで、山のような障害物が取り除かれるまで、霧や雲が晴れて太陽の光が照らすまで、心を注いで祈ることは実に難しいことです。しかし、これは確かに神の働きであり、人間ができる最高の労働です。祈る手や頭、心の労は決して無駄になることはありえません。
何の声も聞こえないのに、根気よく祈って待つことは、決してやさしいことではありません。しかし、神が答えてくださるまで待たなければなりません。祈りが答えられた時の喜びは、子を産む痛みに耐えた母の喜びであり、鎖をはずされて新しい人生と自由を得た奴隷の喜びなのです。
「祈りは強い」/E. M. バウンズ
Thursday, September 10, 2009
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