私が聖書をしっかりと研究し始めた時、他の聖書研究者たちが、研究初期に経験したことと同じ道を辿りました。その時の私は、聖書のある部分が理解できず、またある部分を信じることができないでいました。そして聖書の中のある教えは、聖書の他の部分に出てくる教えと完全に矛盾していると感じました。そして、たくさんの人々がしたように、私は、自分が賢明な教えだと思える部分だけを受け取っていました。
しかし、聖書研究をすればするほど、神に近づけば近づくほど、聖書の中の理解できない部分が消え始めました。初めは一つずつ消え始め、次に二つずつ、その次には数十個ずつ消えていきました。月日が経つと、理解できない部分が驚くほど少なくなりました。
それと同時に、神に近づくほど、聖書に近づいていく自分を発見することができました。神に近づくということは、さらに聖書に近づくということを意味するのです。
ここに、誰も否定することのできない、数学的な真理があります。二つの線が、ある特定の点に向かって行くと、その点に到達した時、お互いにぶつかります。この数学的な真理に深い意味が込められています。
私は、神に近づくほど、聖書に近づいていきました。神と私が出会う時、聖書と私が出会うのです。聖書は神の観点で記録された本です。正直な人なら、この結論を、決して否定することはできません。
「みことばの霊を受ける方法」/R.A.トーレイ
Friday, August 28, 2009
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