Saturday, November 17, 2012

恩師を天に送って

全地よ。神に向かって喜び叫べ。
御名の栄光をほめ歌い、 神への賛美を栄光に輝かせよ。
詩篇66:1-2 

敬愛する恩師、大好きな天田先生が召天されたニュースを聞き、先生との思い出や一緒に歌った賛美、そして先生が言ってくださった、私にとって生涯の宝となる言葉の数々を思い出しています。 

いろんなコンサートの前に、私はよく先生にカードを書いて送りました。その時に示されたみことばと、祈りの言葉を書いた小さなカードを、先生はとても喜んでくださいました。そして卒業してからも、結婚してからも、日本に宣教師として戻ってきてからも、何か大きなことがある度に「祈ってね」と連絡があり、一生懸命祈りました。「先生と学生」というより、主にあって「父と娘」のような交わりでした。私も、先生にはいっぱい甘えて、本当に愛され、祈られ、育まれてきたことを実感し、心から感謝しています。特に詩篇66:1-2のみことばは、先生と私の心と思い、信仰と音楽が一つにされたみことばでした。 

先生が召天されたことは何も知らなかった今日の午後、教会では「賛美集会」があり、私は奏楽の奉仕をしました。この頃、先生を思い出すことが多く、今日も奏楽をしている間ずっと、いつも以上に、先生から教えられたこと、奏楽者としてみっちりと仕込まれたことを意識しながら、ピアノを弾いていました。賛美をもって先生を天に送ることができるよう、優しいイエス様が導いてくださったのかなぁと思います。 

今は寂しさと悲しみでいっぱいだし、またお会いしたかった、もっといろいろ教えていただきたかった、という思いばかりですが、先生から教えられたこと、愛と祈りをもって育てていただいたことを感謝しつつ、「キリストの愛我に迫れり」の歌詞のように歩んでいきたいと思います。「キリ愛」を、作曲者である先生の指揮で、何度もピアノ伴奏ができたことも、すばらしい祝福だったなぁと主に感謝! 

天国がますます慕わしく、先に天に帰られた愛する方々と御国で再会し、共に主を賛美することのできる希望と喜びが大きくなりました。このような恵みを与えてくださったイエス様の十字架の購いを感謝し、明日の礼拝をささげたいと思います。 

先生のご家族、教会の皆様、そしてTCCのクラスメート、同窓生の皆様と、悲しみと天国での再会の希望を分かち合うことができることも感謝しつつ、主の慰めと祝福が豊かにありますようにお祈りします。

Friday, May 4, 2012

手間ひまかけて

コーヒーを作る時は、大抵市販のコーヒーメーカーで作ります。夫婦でコーヒー好きだし、お客さんも多い我が家では、コーヒーメーカーは必需品です。

でも最近、なんとな〜くなのですが、「手間ひまかけてコーヒーをいれて飲む」というプロセスに心ひかれるものがあり、その時の気分によりますが、よく売っている「一杯用の簡易コーヒーフィルター」を使ったり、陶器のコーヒーメーカー(?)をカップやポットの上にのせて、お湯を注いでコーヒーをいれて飲んだり…ということが多いです。(特に午後から一人でコーヒータイムを楽しみたい時、または、卒論をがんばっているKevinにお茶の時間を強要(?)する時など)

私はコーヒーや紅茶を飲むのは大好きだけど、それほどの通じゃないし、そんなにこだわりもないのですが、こうやって手間ひまかけていれたコーヒーや紅茶は、おいしさ以上に、癒しというか「ほっとする」要素が大きいような気がします。

インスタントはインスタントで便利だし、いい所、役立つ所もいっぱいあって、今の世の中、もはや否定できない方法/存在ですが、くつろぎ、安らぎ、癒し、安心を求めるなら、やっぱり昔ながらの「手間ひまかけて」…なんだろうなぁと、しみじみ感じるこの頃です。

写真のコーヒーカップは、最近のお気に入り(ちょっと暗い写真になっちゃったけど)。「Faith」と「Hope」、そしてもう1つ「Love」というカップもあります。日本ではちょっと見ないような、実にアメリカンな大きさのカップですが、「大は小を兼ねる」ので、まぁいいことに。「Love」はオレンジが基調の色なので、私が気に入って使っているのは、もっぱらピンクの「Hope」。「主にある希望」について教えられつつ、ちょっと手間ひまかけていれたコーヒー/紅茶を飲んでほっとしながら、時にはイエス様と二人で、時にはKevinと、時には愛する教会の家族や友人達と、コーヒータイムやティータイムの交わりを楽しんでいます。

Friday, April 27, 2012

うちのペット達

ハムスターのショコラ・チョコハム

まぁ〜るくなって、まるでお団子のよう。ホワホワしています。

これは、ウーパールーパーのルーちゃん。(または「ルーチン」)最近、ちょっとりっぱなおうち(水槽)に引っ越したので、隠れ場になるような筒(なんというのかわからないけど)を置いてあげたら、時々こうやって入っています。あんまり「隠れ場」って感じがしないけど…。

近くから見るとこんな感じ。石を枕にして寝そべっているみたいに見えて、写真を撮りながら、一人で大笑いしてしまいました。











ショコラとルーちゃんは、我が家に笑い、癒し、慰めを与えてくれる大事な存在。特にウーパールーパーのルーちゃんは、ひょんなことで飼うことになってしまって、最初は「小さいうちはいいけど、大きくなったらちょっと恐いかも…」と思っていたけど、ずっと世話をしているとすっかり情が移って、そんなことは全然感じなくなるものだなぁと思います(他のお宅のウーパールーパーにも、ルーちゃんに対してと同じ気持ちになれるわけじゃないかもしれないけど)。ハムスターのかわいさ、おもしろさは十分経験済みと思ってましたが、この3代目ショコラのかわいさ、おもしろさは格別だし、ウーパールーパーのおもしろさやかわいさは、飼ってみて初めてわかったし、ほんとに、動物も個性豊かだなぁと実感。

自然や動物達を見ていると、神様の創造のみわざのすばらしさと共に、神様の美的センスやユーモアのセンスも感じて、心が和むだけでなく、楽しさが内から湧き上がってきます。ショコラとルーちゃんも、その存在を通して神様のすばらしさを証明しているんですね。ますます大事にかわいがりつつ、神様に感謝と賛美をささげていきたいです。

それから、またいつかネコとも一緒に暮らせるといいなぁ…。

Thursday, April 26, 2012

iPhone ケース

一目惚れ(?)して買ったiPhoneケース。バイオリンやピアノの絵/写真が手元にあるだけで、嬉しくて嬉しくて♡

こういう思いで心がいっぱいになって、神様に賛美と感謝の音色をささげたいと思うわけですが、現実はなかなかそうもいかず、チャレンジいっぱい。。。でもこのケースを見るたびに、神様からの励ましが注がれているのを感じ、ますます嬉しさいっぱいになっているこの頃です♪

Thursday, February 23, 2012

<王に仕えるのにふさわしい者>

ヨーロッパの王たちが乗る馬を選ぶ過程を、テレビで見たことがあります。サウジアラビアから優秀な馬を集め、数十頭にしぼって訓練し、最後には、どんな状況でも調教師が口笛を吹けば、その場で止まるように訓練します。

調教師は、このように訓練した馬を3日間砂漠に放置します。そして、もう一度呼んで、水がある場所に連れて行きます。馬は無我夢中で水辺に走って行きますが、調教師は馬が水を飲む直前に、無情にも口笛を吹きます。馬は口笛で行動を止めるように訓練されましたが、その瞬間だけは訓練通りにできません。しかし、その中でも、数頭はその場で止まります。すると、調教師はその馬に「王に仕えるのにふさわしい馬」と烙印を押します。

馬も訓練を通してこのようになれるならば、王の王に仕える神の民は、馬よりもすぐれていなければなりません。この世には、私たちを誘惑する甘い偶像があります。しかし私たちは、ただ一人の口笛の音、みことばにだけ従わなければなりません。神を王として認める人は、礼拝の優先順位がはっきりしています。神が願われる道と方法を選び、従います。それが、まさに神を恐れ敬う者の姿です。

「心の割礼」/キム・スンウク

Saturday, January 28, 2012

<みことば暗唱は愛の告白>

「父なる神と御子イエス・キリストと聖霊を信じます。」が信仰告白だとするなら、「すばらしい主のみことばを昼夜黙想します。」は、愛の告白ではないでしょうか。

みことば暗唱の訓練を受けているある信徒の告白です。
「私は、みことばを暗唱するとき、喜びに満たされています。その時間は、私の考えの周波数が主に合わせられているからです。ですから、主にこのように告白しました。『主よ、私がブツブツと暗唱するとき、どんなに主を喜び、主をほめたたえているかご存知でしょう。』するとその時、主が私のブツブツ言う声を愛の声として受け取ってくださるというみことばが示されました。大きな喜びと幸せに満たされて、涙が流れました。私の願いは、みことばに満たされることで、これまでの生き方と価値観が完全に新しくなることです。」

神を愛する人は、主のみことばである聖書をつねに携えて過ごします。聖書を読み、学び、暗唱し、黙想することを生活で優先させます。特に、恵みとなるみことばを糧とし、いつも口ずさみます。生涯、信仰生活を続けながらも、いつも不安で、心配ばかりして生きてきた人たちが、みことばの暗唱、黙想の喜びを味わえば、心の天の扉が大きく開かれるのを経験することでしょう。また、聖霊に満たされて霊の目が開かれ、この地で天の御国を生きることでしょう。

「子どもへの愛はみことばの暗唱」/ヨ・ウンハク