Sunday, March 30, 2008

TVドラマ

去年の秋から、ず〜っと見てきた「ちりとてちん」。昨日でついに終了しました。最後、「お母ちゃん」になった若狭ちゃんが、赤ちゃんを抱っこしているシーンで終われば良かったのに…と、ちょっと思ってしまいましたが、でも、あんなに泣いた朝ドラは初めてでした。「毎日」というと、ちょっと大げさだけど、週に1−2回は、必ず涙、涙…。さすが、言葉の芸術、落語を題材にしたドラマだけあって、本当に「言葉」に励まされ、笑わされ、教えられ、感動し、涙したドラマでした。

徒然亭の草若師匠はもちろん、若狭ちゃんのお母さんの糸子さん、おばあちゃん、おじいちゃん、徒然亭一門、その周りの人達の言葉。もちろん、ドラマの中の架空の人物ではあるけれど、この人達の言葉を通して、イエス様がいろんなことを語り、気づかせてくださっているんだなぁと思うこともいっぱいありました。

親が子を思う心、子が親を思う心、師匠が弟子を思う心、弟子が師匠を思う心、その中での葛藤、衝突、誤解、迷い、不安、感動、感謝‥。そしてそれがいつか、理解と一致を深め、それぞれの更なる成長につながっていく様子は、いろんな立場で生きている今の自分の姿、周りの人達の姿を見ているようでした。「子」、「弟子」の立場での思いがわかると共に、今の私が、家庭でも教会でも、「親」になり、「師匠」的に、人を教え、導いていかなければならない立場になって、初めてわかるようになった思い、痛み、とまどい、迷い、恐れ、愛しさ、大切さ、尊さ。そんなことを、このドラマに重ね合わせていたのかもしれません。

神学校の時の先輩が、「人間がわからなければ、伝道なんてできないよ。人間を学ぶ良い教材って何だと思う?テレビのドラマがその一つだよ。もちろん、質っていうものがあるから、内容をよく吟味し、選ばなくちゃいけないけど、『ドラマなんて…』って馬鹿にしないで見てごらん。」とアドバイスしてくださったことがありました(別にドラマを馬鹿にしたわけではなく、何かの話からそんな内容になって、先輩がアツク語ってくださったのでした)。そして、そこからみことば、イエス様につないでいくこと、逆に、みことば、イエス様からドラマにつなげて、人の体と心の深さを見ることで、理解が深まるというアドバイスでした。ほんとに的確なアドバイスだったなぁと思います。

そんな意味でも、「ちりとてちん」では泣けたような気がします。「300年の歴史の中で、人から人へと伝えられてきた落語という流れの中に、自分達がいる」と言って、その落語を伝える為に、草若師匠が弟子をどう教え導くか、お母ちゃんが、どんな風に子供を愛し、その成長を見守り、支えていくのか…。たくさんの共感、感動を覚える言葉をたくさん聞いて、言葉を語る表情を見て、イエス様ご自身からもいろんなことを教えていただきました。

同時に、人の「言葉」の持つ重みがこんなに深く豊かなものであるなら、生ける神の生きたみことばには、どれほどの力があるのだろう…とも思わされました。生ける神のみことばにしっかりとつながり、養われ、愛と恵みに満ちた、真実のことばを語る人になりたいし、そういう私の姿が、「キリストの香り」を放つものとして、イエス様に用いられるものになるといいなぁ〜と、つくづく思いながら、「ちりとてちん」最終回の最後のシーン、若狭ちゃんの笑顔を、こちらも笑顔で見つめていました♪

2 comments:

Anonymous said...

ついTVのリモコンを手にしてしまうきーちゃんママですが、TVもいろんな面で問題提起をしてくれることは確実、賢く利用しなければね。時には、テレビを見ながらボーっとする時間も持たなければです。ちなみに{ちりとてちん}の最終回は視聴率最低だって。私は素敵なことばに出会うとつい書き留めます。ことばは大事よね。「はじめにことばがあった。。。」とありますから。

Kevin said...

「ちりとてちん」は、いいと思った人はものすごい感動していたけど、そうでない人はまったく関心なし、と、反応が二極化していたみたいでしたね〜。でも、感動した人は、ほとんどみんな、私と同じような感想だったようで、ドラマレビューのサイトにいろいろ書き込んでいました。なかなか興味深かったです。